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六甲山と瀬織津姫 241 「ワニの珠」再び

奈良で別れて3日後、久高島の神女(カミンチュ)
から、フレームに入りきらない大木の写メが来た。

「おはようございます。博多の櫛田神社に来ています。
宇迦之御魂の神様が、宝珠宝珠と言うので、写真を
撮ったら銀杏の木で珠が光ったので、送りますね」


櫛田神社(福岡市博多区)の南門の傍に立つ、
「櫛田の銀杏」は、福岡県指定の天然記念樹である。
その銀杏の右に、久高島のインニヤー拝所に現れた
ワニの珠」とよく似た青い珠が、浮かんでいる。
 消えかけた瞬間に撮ったというが、確かに光ったと…。
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博多で驚き、宝珠にも驚き、とにかく返信する。
「まだ久高島に帰っていなかったのねっ!?」
「奈良に行くと決めてから、福岡にも他のどこにも
 寄らないだろうと感じていたけど、奈良を回るうち、
糸島と博多がどうも気になってきて…」
沖縄へまっすぐ帰る予定を、急きょ変更したという。
その胸騒ぎには、どんな啓示が隠れてたのだろうか…?

すると、もう1枚の写メ(↓)が届いた。
「この拝殿でお祈りしていたら、銀杏のところに
行きなさいと聞こえたので、行ってみたら珠が…」
「賽銭箱に宝珠が描かれてる、船霊…宇迦之御魂」
「そうなの」と、彼女。
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宇迦之御魂とは、ウガ(龍神)が戴く珠のこと。
つまりあの「ワニの珠」が、博多にも現れたのだ。

その不思議な現象を読み解くなら、
海人族(セーナナー)の船団(7つの首の蛇)を
 守護した宝珠に、彼女は導かれたようだった。
 
琉球古代海人族の痕跡が博多にあるということか。
一足飛びに奈良の宇陀へと痕跡を辿ったものの、
その途中の博多に引き戻されたということらしい。


1年半前に櫛田神社に参ったときの写真を探した。
正面左の高い屋根が、博多祇園山笠の倉庫。
 牛像の左後方に、樹齢千年という銀杏はあった。
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そして、有名な「霊泉 鶴の井戸」を思い出す。
〜博多は太古海であったと言い伝えられ〜と説明が。
 櫛田神社は、その「太古」の海岸に位置している。
 海人族の船団はこの地に着岸したのかもしれない。
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ところで、博多総鎮守・櫛田神社の祭神は…。
左殿に天照皇大神(大神宮)、
中殿に大幡主大神(櫛田宮)、
右殿に素戔男尊(祇園宮)、である。

主祭神の大幡主神(櫛田大神、大若子命)とは、
伊勢神宮外宮の禰宜だった度会氏の祖神という。
また、天御中主神の直系子孫であるともいい、
757年、伊勢国櫛田神社より勧請したのが御由緒。

伊勢国櫛田神社は、三重県松坂市櫛田町にある。
垂仁天皇22年、倭姫が天照大神を祀る土地を探す
旅の途中、この地を案内した大若子命を祀ったと。

その旧住所は伊勢国多気郡。思えば、
   なんと多気郡の櫛田川中流域は日本最大の朱産地。  
 先日行った、奈良の宇陀室生とは地続きだ。

 ひょっとすると、海人族が行き着いた朱産地は、
 宇陀室生の先にある伊勢だったのではないか…!?

我々が室生龍穴に行った後、語り部が言っていた。
「猿田彦大神の下駄が、室生の先に視える」と。


# by utoutou | 2019-06-19 14:40 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)