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縄文アマミキヨ〈5〉夜中世の御嶽

あの日は晴れて、御嶽巡りには絶好の天候だった。

残念だったのは、夜中の御嶽(ユナカヌウタキ)
に足をのばす時間がとれなかったこと。正式名は、
 夜中之世之大井泉(ユナカヌユーヌウッカー)という。

玉城城址(南城市玉城)の南西の崖下に位置する。
場所はゴルフ場からは少し離れているが、場内に
点在する御嶽とも、ある意味、関連する御嶽だ。

玉城城の南西に位置するということから、
北東の方向から昇る太陽と対極にある御嶽なのか?
 と私は考えていたが、語り部による伝承はまた違う。

その話は次回に譲るが、御嶽の行き方は聞いていた。
城址下からグスクロードを西へ歩き、電波塔の立つ
 角から海側に降りて行くと、数分あれば着くという。
 最終日に、駆け足ででも行ってみるべきだったか…。

 ところが後日スマホを見ていると、ゴルフ場内から
 撮った1枚の画像に、なんと電波塔が写っている。
※そのときの投稿写真はこちら⇨ブログ
 写真の正面は玉城城址、その南西(電波塔の左下)
180mの場所に、その謎めいた御嶽はあるという
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『南城市の御嶽』(市教委刊)は次のように説明する。

【夜中の世の大井泉(ユナカヌユーヌウッカー)】
(※崖下の玉城の)集落からみて北西にある草むら
の中にある井泉跡。太陽が生まれる前(夜中ヌ世)
の時代に使われた井泉と言われている。


語り部にその名を聞いてから何年になるだろう。
いまは川泉跡のそばに香炉があるだけというが、
「太陽が生まれる前の時代に使われた井泉」と
いう由緒は謎に満ちていて、まるで創世神話のよう。

川泉の傍には、フナクンジ(船つなぎ石)もあった
という。 いま標高は約100mあるというのに何故?
「夜中」という神話めいた名と、船つなぎ石という
現実的で理解しがたい伝承が、揃って残っている。

国土地理院地図で見ても、確かに夜中の御嶽周辺の
標高は約100mあるようだ。その東の崖には古墓群
縄文アマミキヨ〈5〉夜中世の御嶽_a0300530_11043801.jpg








地図に標高図を重ねる。北西の喜良原(きらばる)から
大きな谷筋のような地形が夜中の御嶽あたりまで続く。
かといって、それが「太陽が生まれる前の時代の井泉」
との由来にどう関係するのか。私には謎でしかない。
つづく…
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# by utoutou | 2026-06-10 01:12 | 第二章 | Trackback | Comments(0)