「大事なことを思い出しました」 語り部がそう言ったのは、3日前のこと。 「古代の玉城に御稲御倉があったと思います」 「伊勢神宮にある御稲御倉のことですか?」 「はい、田植え歌『天親田のクェーナ』 には大山積神が出てくると言いましたが、 御稲御倉の元になった高倉も歌われています」 アッと驚く伊勢との関連性。 伊勢神宮内宮に鎮座する御稲御倉(みしねのみくら)。 内宮正殿から北側の荒祭宮へと進む参道の左にある。 千木と鰹木のある唯一神明造り(昨年11月に撮影)。 御倉であり御稲御倉神(稲魂)を祀る神社である。 ![]() 『天親田のクェーナ』の歌詞 には、確かに倉が出てくる。 〜四又(ゆちまた)う倉に積ん余ち〜 4本柱の高倉に積みきれないほど積んで、 という意味だと一般には伝わるが、 それが稲御倉としてあったというのだ。 曰く、語り部が少年だった約40年前、 ミントングスクで、塩の山の供物を霊視した。 と同時に、玉城と知念には、 他にも御が存在したことを感じ取った。 「古代、その一帯にあった倉は4つ。 稲の御倉、塩の御倉、酒の御倉、そして 調の御倉(つきのみくら)だと思います」 「調御倉の調(つき)とは何のことですか?」 「月…月の力でできた食べ物で、主に味噌ですね。 沖縄では今でも、味噌と塩は縁起もの。 結婚や転居のお祝いに贈られると、 それを新生活の糧にする。 分家のスタートといった感覚ですね」 「で、その4つの御倉はどこに?」 「ミントングスク、東大里(あがりうふざと)、 斎場御嶽、そして久高島」 「ほぼ東御廻り(あがりうまーい)のコースだ」 「稲や酒や味噌を作る古代海人族が、 ここで生活していたということかと」 「それから一族は、伊勢へ渡った?」 「と思います。そして、御倉を建てた」 海や大地から生まれた食物を、古代の人々 は神そのものとして高倉に祀り、崇めた。 それが神社の起源。御稲御倉が内宮 と同じ唯一神明造りなのは、そのためだろう。 さて、その御倉群。 伊勢神宮について調べてみると、 やはり確かに、中世まで神宮の内宮に、 4棟1組の御倉が存在したことが分かった。 『天親田のクウェーナ』の歌詞にある 「四又(ゆちまた)う倉」は、 伊勢神宮にある御倉の前身だったのか。 久高島から遠望する知念玉城台地。 (3月21日に撮影) 斎場御嶽の大庫理、三庫理も御倉だったかも…。 ![]() ヤハラヅカサから高台に登ったところにある アマミキヨの仮住まい跡・潮花司(しおぱなづかさ)。 「ここでアマミキヨは製塩をしたのではないか」 とも、語り部は言った。 ![]()
by utoutou
| 2015-04-01 20:11
| 玉城
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