稲作と龍神 7⃣ 御稲御倉(みしねのみくら)

「大事なことを思い出しました」
語り部がそう言ったのは、3日前のこと。

「古代の玉城に御稲御倉があったと思います」
「伊勢神宮にある御稲御倉のことですか?」
「はい、田植え歌『天親田のクェーナ』
には大山積神が出てくると言いましたが、
御稲御倉の元になった高倉も歌われています」


アッと驚く伊勢との関連性。
伊勢神宮内宮に鎮座する御稲御倉(みしねのみくら)。
内宮正殿から北側の荒祭宮へと進む参道の左にある。
千木と鰹木のある唯一神明造り(昨年11月に撮影)。
御倉であり御稲御倉神(稲魂)を祀る神社である。
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には、確かに倉が出てくる。

〜四又(ゆちまた)う倉に積ん余ち〜
4本柱の高倉に積みきれないほど積んで、
という意味だと一般には伝わるが、
それが稲御倉としてあったというのだ。

曰く、語り部が少年だった約40年前、
ミントングスクで、塩の山の供物を霊視した。
と同時に、玉城と知念には、
他にも御が存在したことを感じ取った。

「古代、その一帯にあった倉は4つ。
稲の御倉、塩の御倉、酒の御倉、そして
調の御倉(つきのみくら)だと思います」

「調御倉の調(つき)とは何のことですか?」
「月…月の力でできた食べ物で、主に味噌ですね。
沖縄では今でも、味噌と塩は縁起もの。
結婚や転居のお祝いに贈られると、
それを新生活の糧にする。
分家のスタートといった感覚ですね」

「で、その4つの御倉はどこに?」
「ミントングスク、東大里(あがりうふざと)、
斎場御嶽、そして久高島」
「ほぼ東御廻り(あがりうまーい)のコースだ」
「稲や酒や味噌を作る古代海人族が、
ここで生活していたということかと」
「それから一族は、伊勢へ渡った?」
「と思います。そして、御倉を建てた」

海や大地から生まれた食物を、古代の人々
は神そのものとして高倉に祀り、崇めた。
それが神社の起源。御稲御倉が内宮
と同じ唯一神明造りなのは、そのためだろう。

さて、その御倉群。
伊勢神宮について調べてみると、
やはり確かに、中世まで神宮の内宮に、
4棟1組の御倉が存在したことが分かった。

『天親田のクウェーナ』の歌詞にある
「四又(ゆちまた)う倉」は、
伊勢神宮にある御倉の前身だったのか。



久高島から遠望する知念玉城台地。
(3月21日に撮影)
斎場御嶽の大庫理、三庫理も御倉だったかも…。
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ヤハラヅカサから高台に登ったところにある
アマミキヨの仮住まい跡・潮花司(しおぱなづかさ)。
「ここでアマミキヨは製塩をしたのではないか」
とも、語り部は言った。
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by utoutou | 2015-04-01 20:11 | 玉城 | Trackback | Comments(0)
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