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東北へ ③ 青麻神社

仙台市宮城区岩切にある青麻(あおそ)神社。

御祭神は
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
月読神(つきよみのかみ)
天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

日月星を祀る三光宮の総社という。
東北に行くことがあれば参りたいと思っていた。
案内板によれば、創祀は852年。
現社家の遠祖・穂積保昌が山城国からこの地に来て、
里人に麻の栽培を教え、一族の尊崇する日月星の
三光神を、この清水湧く岩窟に奉祀したという。



日月星辰を崇めた琉球王朝と、深層で繫がりそうだと
思っていたが、拝殿に向かい、なるほどそうか…と。
東北へ ③ 青麻神社_a0300530_11402635.jpg


社紋に描かれた麻の葉が6枚、六芒星を象っている。
やはり物部に所縁の神社なのだなあ…と思う。
沖縄にも、旧約聖書に由来したと思われる風習が多い。

六芒星は、ダビデの星、カゴメ紋とも呼ばれる。
昨秋、伊雑宮に参り、伊勢神宮の御幸道路に点在する
六芒星の灯籠について書いた(こちら)のを思い出す。

こちら青麻神社の御由緒には、
現在の社家を十代遡る鈴木儀衛門が、
神祇伯白川家より神主許状を賜る…とある。
春祭に舞う神楽も、京都神祇白川家より伝習…と。

伊雑宮をはじめ、六芒星の灯籠を何百と造った
のも、白川神道(伯家神道)に所縁の人々だった。

その白川神道につながる「三宮信仰」は、
江戸時代(1680年ごろ)に弾圧された。
伊勢神宮の祭神は「日月星」だとの伊雑宮の口伝を
説いた『先代旧事本紀大成経』が江戸で禁書処分となり、
伊雑宮の御師・中村兵太夫が毒殺されたあの事件だ。

その後、大成経と内容の同じ『白河本旧紀』、
いわゆる白川版『大成経』30巻が編纂されたが、
その核心は勿論、日月星の三光神だった。

そうすると、この青麻神社を創祀した穂積保昌
なる人が京都・山城から来たことも深く頷ける。
山城は秦氏の里。その秦氏が創祀した「蚕の社」
こと木嶋坐天照御魂神社が太秦にあり、
境内に、三位一体を表すという三柱鳥居がある。



青麻神社の境内にも御井神社。三井の意味か!?
東北へ ③ 青麻神社_a0300530_12470365.jpg

この秋深まる東北の山間で、伊勢や沖縄に
思いを馳せるとは意外だった。

ことに、
「伊勢参参詣曼荼羅」(江戸時代、三井文庫蔵)を。
左に内宮、右に外宮が描かれる。当初、
伊勢神宮は内外ともに「三宮」連棟式だったようだ。
東北へ ③ 青麻神社_a0300530_14394751.png


千年以上前、穂積氏が日月星を祀った「鎮守の森」
は、いま広大な「県民の森」に生まれ変わっている。
東北へ ③ 青麻神社_a0300530_11532078.jpg



境内には、いくつもの狛猿と石灯籠が並ぶ。
灯籠にも、丸・三日月・宝珠…日月星があしらわれていた。
東北へ ③ 青麻神社_a0300530_11585635.jpg


↓ 摂社の山神社。
近くに草に埋もれた石階段があった。
奥宮へと続く道だろうか?
一説には、瀬織津姫が祀られているという。ならば
こちらの祭神・天照大神とは、伊雑宮の元宮
・佐美長神社に祀られる大歳神(ニギハヤヒ)と同神か。
東北へ ③ 青麻神社_a0300530_12212854.jpg


また今年も、失われた古祭イザイホーの季節が来る。
古代海人族の祭りを基層にした琉球王朝の王権儀礼。
久高島の最高神は、日と月と星だったのだろうと思う。

王朝時代、国王は太陽、聞得大君は月に例えられた。
いっぽう、天御中主神を祀る星信仰は消えた。
ヤマトが祀る天照大御神をおもんぱかってか、
天御中主神を、弁財天(妙見)に隠して祀った。 

先月の沖縄での発見を、図らずも東北で確信した次第。




















by utoutou | 2015-11-08 08:52 | 神社 | Trackback | Comments(0)
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