東国三社 ① 鹿島神宮、藤原鎌足の桜

東北旅の名残りも消えない先週末、東国三社へ。
我ながら頻繁に動き廻る理由は、他でもない
鹽竈神社との関連に、いたくそそられたため。

大和朝廷の東北進出への拠点だったという東国三社。
神社なのだから拠点というより出陣祈願の社か。

鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の祭神は、
鹽竈神社と同じ武甕槌神(たけみかづちのかみ)。 

息栖神社(茨城県神栖市)の主祭神も、塩竈神社の
塩土老翁と同神らしい久那斗(くなと)大神。

鹿取神宮(千葉県香取市)の主祭神も、
塩竈神社と同じ経津主神(ふつぬしのかみ)。


武甕槌神と経津主神は、神話の上では高天原
の武神として国譲りに登場、国土平定をなした。

これを逆に出雲の目線で言うなら、天照大御神が
派遣した武神二神は、大国主から葦原中国を収奪、
抵抗した大国主の子・建御名方(たてみなかた)
を、はるばる諏訪(長野県)にまで追い詰めた。
いっぽうクナト大神は、私見では出雲の先祖神である。

いわば高天原と出雲の神々はその後、仲よく東進
して陽の昇る日の本である、この東国に鎮座して、
蝦夷征伐の守護神となった(あくまでも神話上の話)。
さらには、陸奥国一ノ宮・鹽竈神社にも祀られた。



さて、その東北三社の位置関係が、近年
「謎のトライアングル」として注目されている。
↓(神栖市観光協会HPより拝借)
また、鹿島神宮を発するレイラインが、皇居や富士山や
伊勢神宮から九州の高千穂まで一直線に貫くとか、
鹿島神宮と諏訪大社は同緯度であるなど、広範囲な
聖地の配置が指摘されるが、ではそのレイラインを
設計したのは誰か? また、時期はいつか? 
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到着して気になるのは、やはり祭祀空間の設計。
こちら大鳥居は、南西向き。鳥居は他に、
東(上の地図では右)の海岸に立つ一之鳥居と、
反対の西(利根川沿い)に立つ二之鳥居がある。
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境内MAP。大鳥居は境内の西にある。参詣者は
東へと、ほぼ一直線に「奥参道」の杉並木を進む。
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大鳥居と楼門を通り、本殿(拝殿)あたりで振り返る
と、本殿は珍しい北向き(→方向)だと分かる。
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さて、鹿島神宮の
創建は神武元年だったというが、この東北を睨む
本殿の配置を見ると、武甕槌神を守護神と仰いだ
中臣氏(藤原氏)が祭主となった時代が、
真の造営時期ということになるか?

『常陸国風土記』にも、それらしきくだりがある。
〜天智天皇の御代(※662〜671年)に、
初めて使人を遣いて神の宮をつくらしめき。〜
本殿の裏に立つ大杉も、樹齢1300年という。



本殿での参拝を終え、しばらく行くと、
参道沿いから見えるところら「さざれ石」がある。
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その傍で、目立って細い1本の木が雨に濡れていた。
思わず足を止め、説明に見入って驚いた。
なんと、その名は、鎌足桜(かまたりざくら)。
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【鎌足桜】
〜鎌足桜はヤマザクラの一種で…(中略)
鎌足桜は千葉県木更津市の指定文化財になっており、
市内にある高蔵寺の境内に粗株があります。藤原(中臣)
鎌足が大化の改新の大業が成ったことを報告、お礼参り
に来た時に、持っていた枝に着替えをかけて、お参り
した後杖をそのまま忘れてしまい、その枝が根をつけて
桜になったという伝説があります。(後略)〜
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なんだかよく分からない説明だ。どうして、
木更津のお寺の桜を鹿島神宮の境内に植樹したのか?

 道々スマホから検索して、今度はのけぞった。
もっと驚いたことに、この鹿嶋市は、
藤原(中臣)鎌足が生誕した地という説があると。
鹿島神宮の近くには鎌足神社もある。

大和国(奈良県)の飛鳥生まれではなかったの? 
いきなり藤原家の謎にハマってしまった…。




by utoutou | 2015-11-16 22:29 | 神社 | Trackback | Comments(6)
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Commented at 2015-11-17 09:49 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by utoutou at 2015-11-20 14:39
> 徹平さん
こんにちは。天照大御神ですね〜。沖縄の信仰とは距離が感じられて、
一度も触れていませんでした。考えてみます。笑
撤平さんはどうして興味が湧いてきたのでしょうね。
Commented at 2015-11-20 20:45 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by utoutou at 2015-11-23 12:05
> 徹平さん
こんにちは。天照大御神は、徹平さんの言葉を借りれば「神話や言い伝えの主人公」として創作された神様だと思っています。だからといって、崇めないという気持ちはないのですが、その奥には重層的な古信仰と、吸収された神々が隠れていると思います。
また、天照大御神は垂直志向といいましょうか、沖縄の言葉で言えばオボツカグラ信仰であって、水平志向で自然崇拝の色濃いニライカナイ信仰ではないですよね。
それでも沖縄のニライカナイ信仰は消えませんし、ヤマトでも出雲系の神社で、その系統の神々に出会うことができす。かたちを変えてしぶとく生きていますね。
天照大御神に興味の湧く部分があるとすれば、沖縄古来の神話世界や信仰がどう投影されているのか、あるいは、いないのかということです。「後ろの正面だあれ」のような感じですね。
「籠の中の鳥はアマミキヨ」というのが私の仮説ですから。

Commented by 徹平 at 2015-11-23 21:27 x
ワクワクする表現で仮説を教えてくださりまして、ありがとうございます。
僕はヤマトの神々の知識が乏しくて、琉球八社を廻っても、なんかスッキリしなかったんです。
創設の意味とか琉球との関係性は理解できても、本質が見えてこなくて、モヤモヤを残してました。
でも、utoutou様のブログを読みながら、ヤマトの神々の名前が出ると、調べましてブログを読み返しているうちに、ブログが以前よりも楽しくなったんです。
今は琉球八社に廻っても、祖先や自然に心から感謝できる感じで、モヤモヤが解消されていくんです。
これからも楽しみで楽しみで(笑)
utoutou様には、ホント感謝です。
ありがとうございます‼
Commented by utoutou at 2015-11-26 13:28
> 徹平さん
こんにちは。琉球八社は、安里八幡宮を除いて熊野信仰の神社ですね。
昨日沖縄から帰りましたが、今回はこれまで参っていなかった末吉宮と金武宮に参拝しました。仰るように、沖縄、ヤマト各地、熊野…の祭神系統がもっと整理されれば、沖縄信仰の歴史も捉えやすくなるかもしれませんね。
そんなわけで、次は熊野にも足を伸ばしたいと考えています。
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