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神武の来た道(序)まずは日牟礼八幡宮へ

何日か前まで書いていた東国三社、
鹿島神宮・香取神宮・息栖神宮。
西へ足を伸ばし諏訪大社にも参ったが、その間、
頭の端に引っかかっていたことがいくつか…。

〈その1〉大和朝廷による東北進出の軍神であり、
鹿島神宮の祭神・武甕槌神と、香取神宮の経津主神
にまつわる神話は、神武東征神話と酷似している。

〈その2〉藤原氏より以前の那珂国の国造は多(おお)氏。
古代産鉄族の筆頭で、
神武天皇の第一皇子である神八井耳命の末裔。
その始祖を祀る多神社は、大和(奈良県)にある。

〈その3〉東国三社と、もしかすると密接な関係のある
日牟礼八幡宮。その社名の由来になったという
「応神天皇が見た二つの太陽」とは、何を指すのか?


というわけで、今年を締めくくる神社旅として、
近江〜大和〜熊野を巡ってみた。銘打つとすれば、
日本一長い路線バスで行く大和熊野の4日間。

参ったのは、日牟礼八幡宮〜橿原神宮〜
吉野神宮〜玉置神社〜天川弁財天〜
熊野大社本宮〜熊野那智大社〜那智速玉大社
〜神倉神社〜阿須賀神社。
終えてみると、図らずも、
「神武の来た道」を逆コースで辿る旅となった。



1社目は、↓日牟礼八幡宮(滋賀県近江八幡市)。
東京新宿0時発の深夜バスで京都駅に6時半到着。
JR琵琶湖線快速で30分の近江八幡駅へ。
朝ラッシュのバスで7時15分、神社に着いた。
早朝に参らねば、この日のうちに天川弁財天のある
天川村(奈良県)に着けないため、強行スケジュール。
神武の来た道(序)まずは日牟礼八幡宮へ_a0300530_11251924.jpg


日牟礼八幡神社の
祭神は、誉田別尊(ほむだわけのみこと)
息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)
比売神(ひめがみ=宗像三女神)



小祠は岩戸社。右の本殿奥に磐座があるはず。
玉砂利を掃く音と鳥の声が響き合うなか社奥へ直行。
神武の来た道(序)まずは日牟礼八幡宮へ_a0300530_11260472.jpg



巨大な磐座(屏風岩)が出現。本来の御神体か。
さすが日本最古、和邇氏ゆかりの社
は、超古代の地層信仰を思わせる。
神武の来た道(序)まずは日牟礼八幡宮へ_a0300530_11261803.jpg



↓境内の鳥居傍から見下ろす「八幡浦」の運河。
豊臣秀次が八幡城を築城したとき構築されたという。
近江八幡は水郷の街、ここは琵琶湖の三大港だった。
神武の来た道(序)まずは日牟礼八幡宮へ_a0300530_11264821.jpg


写真奥の八幡山にはロープウェーが運行。
八幡山の先、琵琶湖に浮かぶ離島・沖島の
奥津島神社には、藤原不比等が建立した
という奥津島神社(祭神は奥津島姫)が、また、
その先の琵琶湖西岸に猿田彦を祀る白鬚神社がある。
琵琶湖湖岸の東西とも古代は和邇氏の拠点だった。
神武の来た道(序)まずは日牟礼八幡宮へ_a0300530_11285627.jpg


さて、
応神天皇が見たという「二つの太陽」とは何か?
この地には、和邇氏の他にも土着氏族がいたのか?

少し前、語り部は言っていたものだ。
「クナト神を祖神とする二つの龍蛇族がこの地にいた」
それは和邇と息長ではないかと、私は思った。
そのことは、今回の旅で確認できそうな気がした。






by utoutou | 2015-12-22 18:50 | 神社 | Trackback | Comments(1)
Commented at 2015-12-23 13:35
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