神武の来た道 ⑦ 熊野速玉大社

熊野速玉大社
(新宮市新宮一番地)

祭神は、熊野速玉大神、
熊野夫須美(むすび)大神

神倉神社から車だと5分ほど。
歩いても15分とかからない
市街地のど真ん中に鎮座。通った
交差点も数えるほどという距離なので、
社殿が南面していることが自ずと分かった。


速玉大社の右手を熊野川が流れる。
神倉神社は、左(西南)に位置している。
神倉神社と速玉神社は、ほぼ並ぶ格好で、
太平洋(熊野灘)を見据えている。
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当然、神門も南面している。
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↓ 10時15分。
陽光を背に撮った社殿は壮観。
左奥は神倉山に連なる権現山方面か。
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くどいようだが、なぜ南面?
元宮である神倉山に神が降臨した
というが、新宮である速玉大社拝殿は
その聖地を拝する方角を向いていない。

社務所発行の冊子『御由緒』も、
元宮は神倉山だと明記している。
 新宮としての速玉大社が創祀されたのは、
景行天皇58年(※西暦128年)だと。
〜まさに天(あめ)と地(つち)を
教典とする自然信仰のなかから生まれ
てきた〜(中略)〜換言すれば、
原始信仰から神社神道への発展を意味
するともいえる新宮なのである。〜


が、その疑問は、
↓ 境内掲示の「熊野新宮参詣曼荼羅」
(自前画像NGで新宮市観光協会HPより拝借)
で解けた。こちらでも左上に神倉神社が、
その右に速玉神社が並んで描かれていた。


ちなみにこの曼荼羅絵図は、
'04年に「紀伊山地の霊場と参詣道」が
ユネスコの世界遺産に登録された際の制作。
中世、熊野比丘尼(びくに)と呼ばれる尼
たちが全国を広報行脚したのに用いた
「熊野那智参詣曼荼羅」のいわば現代版。
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そうか…と、曼荼羅を見て思う。社殿は、
神倉山にピンポイントというより、
反対側のピークの千穂の峯(253m)を
含めた権現山全体に向いているようだ。

【新宮市】(コトバンクより引用)
で「千穂の峯」の位置を確かめる。

〜新宮市は熊野川中流を含む北側に大きく
広がり、奈良・三重県に囲まれた飛び地を
有することになった。中心市街地は
南東流してきた熊野川が千穂ヶ峯
(253m)に当たって蛇行し、東流して
熊野灘に注ぐ河口三角地上にある。
千穂ヶ峯東麓に速玉大社があり、
南東麓の速玉神の
旧座所とされる神倉山と相対する。〜


思えば ↓ 神倉神社を去る間際の1枚。
左がゴトビキ岩、右上方に鳥居があった。
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鳥居付近に「千穂ヶ峯の山道案内図」が。
鳥居は神倉山のさらなる奥宮を示していたか。
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実は、師走に熊野に参って以来、
年を越しても妙に引っかかる件があった。

神倉神社の火まつりこと「御燈祭り」
の火種はどこで起こすのか?



「山は火の瀧 下り龍」と新宮節に歌われる
ままに火龍が走りうねる「男の祭り」。
※画像は新宮観光協会のサイトから拝借。
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男たちは祭りの前、海で禊ぎをする。
「火まつり」は神聖なる火の祭り。
ならば、神の分霊とも言える火種を戴く
こそ、熊野大神の在所であるはずだ。

旅から帰ってネット検索したところ、
「神倉神社の社殿内で神職が行う」
との見学記を、いくつか見た。
やはり神倉山のようだった。

そんな折り、
機会があったので語り部に聞いた。

「火種はどこで起こすと思いますか?」
「神倉神社の祭神とされる高倉下命が
火を掲げて下りて来たのは…高千穂、
千穂ヶ峯からでは…。穂は火の意味です
「ああ、それで千穂ヶ峯。だから権現山」
「そうです。熊野大神が権現した山。
火祭りは、火の神霊が八方に分散して
いく様子を再現していると。ところで…」
「ところで…?

今度は語り部が質問した。
「高倉下命が神武に授けたと霊剣とは?」
「十握剣(とつかのつるぎ)ですね」

布都魂(ふつのみたま)剣の別名。
石上神宮の祭神。先代旧事本紀で、
物部氏祖神・ニギハヤヒの子とされる
高倉下命は、王権の象徴である
この聖剣を神武に譲ったのだと思う、と。

語り部が言う。
「そして、高倉下命は神武に言った。
この剣を持って日の本へ行けと」
「日の本…ああ、玉置神社へ?」
「はい、十津川(とつかわ)へ」
「なるほど…」

十の川を束ねる村。八咫烏のいた山。
高倉下から神剣を受けた神武は、
玉置山から天川へと駆け上がるように
龍脈を辿って行ったことになるか。

ではその神代、龍脈にいたのは誰か?
高倉下命が知っていたであろう、山の民。
「神武が来た道」にいた先住民が気になる…。



熊野速玉神社の社務所で見た八咫烏。
導きの神、そして太陽の化身。
烏は鉱脈を探すのが得意だともいうが。
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by utoutou | 2016-01-11 21:54 | 神社 | Trackback | Comments(0)
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