六甲山と瀬織津姫 ③ 紀香・日下部氏・如意尼・空海
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六甲比命神社の話の途中てすが…。昨日、藤原紀香さんが西宮ガーデンズ(西宮市高畑町)で行われたイベントに現れたという。 西宮ガーデンズは、阪急電鉄・西宮北口駅直結の大型商業施設(阪急百貨店・TOHOシネマズなど)だが、この地には、かつて西宮球場があった。 私は年に数回、この西宮ガーデンズ前の施設で行われる会議に参加するために西宮市に赴き、ガーデンズのフードコートでランチをしたりする。六甲比命神社参拝も、そんな出張帰りのことだった。
紀香さんの出身地での「一日署長」姿は神戸新聞NEXTから拝借。
さて、この西宮ガーデンズから古代遺跡が出たのは、建設工事を前にした2006年のこと。その結果、西宮市で初めての木簡(荷札)が出土したが、なんと「日下部」の記名があったという。 いま、西宮市役所HPにも以下のような説明がある。〜高畑遺跡では、古代にあっては「摂津国武庫郡日下部某」木簡・和同開珎・斎串などが出土した井戸跡や大型遺跡群が発掘されています。〜 木簡や井戸跡という特殊性から、当時「これは武庫郡の役所跡か」と専門家も言っていたものだ。 その記憶が、六甲比命神社で資料を読んだとき、「日下部宿禰」の箇所に反応した理由だった。 いずれも奈良時代の出来事。同じ日下部氏。ただの偶然ということはないだろう…と。 あのとき、資料を繰る手が止まったのが、もう一箇所。『六甲山 瀬織津姫・白山姫と和歌姫 和す・尽くす トノオシテの復活! 』(大江幸久著)の 「六甲弁財天と空海・真名井御前」と題するくだり。 〜空海とともに廣田の神南備山=甲山に神呪寺(かんのうじ)を開基した真名井御前(幼名:小萩出身地は現京都府与謝郡与謝野町の香河(かご)と伝わる)も弁財天=瀬織津姫と出会われたことが『元亨釈書』などの記録に残っています。〜 廣田神社の神南備山である甲山を開いたのは、籠神社の姫で淳和天皇の妃となった真名井御前。そうだったのか…と、ちょっと大きく息を呑んだ。 真名井御前とは、空海の手彫りによる神呪寺の如意輪観音のモデルとなった如意尼のこと。 そして、真名井御前は、実は籠神社宮司家の海部氏と同族の日下部氏からの養女だったという説がある。六甲山と丹後半島は、日下部氏で繋がっていた…。
神呪寺の如意輪融通観音(重文)『元伊勢の秘宝と国宝海部氏系図』(元伊勢籠神社社務所発行)より拝借した。
↑写真の絵解きには、次の一文が記されている。〜弘法大師が海部直三十一代雄豊(おとよ)の娘 真井(まない)御前の生き姿を彫る。〜 神呪寺の如意輪観音は5月18日にご開張される。
by utoutou
| 2016-04-07 20:29
| 瀬織津姫
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琉球の始祖と伝わるアマミキヨとは誰か。その痕跡を追う旅ログ。南城市玉城で出会った語り部と共に謎解きする、古代琉球の神々の事々。写真・文章を転載の場合はご一報お願いしますm(._.)m
by utoutou
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