ちょっとした疑問があった。「太陽の道」 は「鉄の道」と真弓常忠氏は説いたが、 北緯34度32分には幅(1分=1.85km)がある。 同じように「朝日さす夕陽輝く土地」でも、 南北1.85㎞のゾーンには山もあれば平地もある。 ならば太陽とも鉄とも言い切れないのでは…と。 山中には鉱床があり、平野は祭りの庭だった。 大和平野の中央であり、三輪山の真西に坐す 多神社(奈良県磯城郡田原本町)では上古から 三輪山の祭祀が行われていたと、「太陽の道」 に最初に着目した小川光三氏は、その 著書『大和の現像 知られざる古代太陽の道』 (大和書房)に、記している。 多神社が三輪山の祭祀にとって重要となった 理由は次の3つ(要約)。 ・春分の朝日が三輪山の背後を輝かせて登ること。 ・平野の中央にあるので、人々の集合に便利。 ・古代は飛鳥川の河原か、寺川に挟まれた 中州のような所であったこと。 地元では、三輪山を「おおがみさん(神さん)」 と呼び、多神社を「おおのみやさん(宮さん)」 呼んできたという。つまり、「神を祀る場所」。 両者を結ぶ線上に、箸墓、室生寺、大鳥神社、 斎宮など聖蹟が並ぶとしたのが「太陽の道」だ。 ↓写真は、小川光三著『大和の現像 〜 知られざる古代太陽の道』(大和書房)より拝借。 題して「多神社の杜と二上山の夕陽(秋)」。 ![]() いっぽう、「鉄の道」は中央構造線と重なる。 ↓こちらの地図は大鹿村構造線博物館HPの 「中央構造線てなに?」から拝借したが、 大和平野を貫くように中央構造線の付加帯 (濃ピンク色)が走っているのが分かる。 ちなみにこの西日本内帯は、東は諏訪湖 まで、南は沖縄まで続いているという。 ![]() ![]()
by utoutou
| 2016-06-26 12:31
| 瀬織津姫
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