六甲比命神社への参拝をきっかけに、 南方系海人族の痕跡を求めて、はや半年。 50回まであと少しというロングランと相成った。 「六甲山を1、2回」の予定が、ここまで続くとは。 語り部は言ったものだ。 「六甲山には、琉球の宝珠が隠されていると思う。 神呪寺の極秘本尊であり、空海作の如意輪観音像 の中か、六甲比命神社の周辺のどこかに…」 その宝珠は、琉球を出て日本列島のヘソにあたる 六甲山に居所を定め、日本という国体の元を造り、 やがて表舞台から消えた、琉球海人族の存在証明だと。 その一族は紀元前の時代から、南薩摩を本拠に 琉球諸島や大陸との間を航海して貝交易で活躍した 隼人族、後の日下部氏だと私は考えるようになった。 「六甲山と瀬織津姫」を追うと、摂津から丹後地方に かけての随所に日下部氏が見え隠れするからだ。 昨日、語り部は言った。 「瀬織津姫は、豊受姫であり、大日孁貴であり、 撞賢木厳之御魂向津姫であり、龍宮乙姫なのですよ」 宝珠とはやはり…と、私は思った。 龍宮(琉球)乙姫から浦島太郎が受け取った 玉手箱に入っていた「琉球の玉」に違いないと。 実際、鎌倉時代末期の作という 『元亨釈書』は、次のように記している(要約・訳)。 〜淳和天皇の次妃・真井御前(如意尼)は丹州与佐 の出身。828年、空海に従い出家して神呪寺を建立。 これより前の825年、故郷へ里帰りした真井御前は、 龍宮から帰った浦島太郎から玉手箱を受け取った。 空海はそれを如意輪観音に入れた。〜 浦島太郎の玉手箱。おそらく、これが、 「六甲山と瀬織津姫」を探る最後のヒントだ。 キーパーソン・空海はまた、神呪寺から1.5kmの 至近距離の山中に鷲林寺(じゅうりんじ)を建て、 まるで六甲山に結界を張るように、修験道を作った。 それはまたどうしてなのか? 六甲山・鷲林寺(西宮市鷲林寺町)の本堂。 ![]() ![]() ![]() ![]()
by utoutou
| 2016-08-29 21:12
| 瀬織津姫
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Comments(2)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
> mimiさん
どうもありがとうございます。点が線になるとき…私にも同じような、ささやかな体験がありました。お互いこれからもよい探求が実現しますように。
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