六甲山と丹後の関係を、姫=巫女=女性祭祀者 に求めると、筆頭に真名井御前が挙げられる。 時代は「丹後の姫たち」が武庫の地に来てから かなり下るが、籠神社海部氏の娘に生まれ、その 奥宮と同名を授けられ(籠神社では真井御前と記す) 10歳から京都・六角堂で修行して空海と出会い、 淳和天皇の妃となるも出家して如意尼を名乗り、 甲山・神呪寺を建て自ら如意輪観音菩薩のモデルと なる…なんだかとても数奇な人生を辿った姫だった。 また「浦島太郎」との年代の一致を見ると、 真名井御前は、封じられた民が長く待ち望んだ 霊力高き「丹後の姫」だったようにも思える。 年譜は以前「浦島太郎と玉手箱」に書いた通りで… 雄略22(478)年、豊受大神が、この元伊勢から 伊勢へと遷座したのと同年、浦島子(浦島太郎) は龍宮へ行った(以上『日本書紀』)。そして、 347年後の天長2(825)年、浦島子が帰還した その頃、真名井御前は神呪寺を創建。空海が、 浦嶋子の持ち帰った宝箱を如意輪観音像に隠した。 この隠された龍宮の宝箱が、語り部の視る 「龍宮(琉球)の「ぬぶし玉(宝珠)」なのか? とすればなぜ、淳和天皇の世はそれを望んだのか? などをつらつら考えるのが、丹後旅のテーマだ…。 まずは籠神社・奥宮の真名井神社へ。 主祭神・豊受大神。籠神社から徒歩15分、 背後の御神体山を目指して急いだが…ガク然。 3年前の秋とは違い「立ち入り禁止」となっていた。 拝殿横から正面には見えるが、手は届かない。
by utoutou
| 2016-09-20 22:38
| 瀬織津姫
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Comments(1)
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by
たぬき
at 2016-09-21 15:42
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姫ではなくて日女命。
これ自体がヒメとも読みますが、ヒルメの命(稚日女命(稚ヒルメ)=生田大神、、、天照皇大神稚(別)魂)と読むと特別な巫女さま(多分、神妻。玉依姫)の意味に成ります。
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