六甲山と瀬織津姫 168 カタカムナ再び

琉球から北上したアマミキヨは銅鐸の素材・青銅でなく、
葦の根に生るスズ(褐鉄鉱)で鉄を作ったのだろう。
ただ、植物由来であるスズはその痕跡を残さない。

そのため、いつしか
「豊葦原の瑞穂の国」は「豊葦原の稲穂の国」とされ、
葦の鉄の時代は、歴史から失われたと考える。
つまり、古代産鉄の歴史は、次のように変遷した。
スズ鉄の時代→青銅器の時代→砂鉄による鉄器の時代。


2000年前の高地性集落・会下山遺跡(兵庫県芦屋市)
には、集落の中央に泉のような水場があったという。
また、焦土抗(火炊き場の跡)が集落南部で見つかった。
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ジオラマを見ても分かる通り、
祭祀場が山の頂点(右の尾根)にあったという配置。
これを見て、「まさに葦のスズ鉄作りの村」と、感じた。
高地集落に立つ家と倉庫、そして、風と水と火と祭祀場。
鍛治とシャーマンは同じ穴のムジナ…と言われるのは、
鑪の火で片目を潰す男たちを守護したのが巫女だからだ。


祭祀場跡の遺物は、男根を象った石、首輪、高杯など。
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ところで、
↓この写真は会下山遺跡のパンフレットから拝借した。
六甲山から大阪湾を一望する絶景地に祭祀場があった。
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↓こちら、会下山遺跡から約2㎞西、金鳥山からの眺望。
画像を較べると、両地点がほぼ同じ標高だと分かるが、
上下2枚の写真から、私はある1枚の地図を連想した。
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その地図とは ↓こちら。昭和24年、金鳥山の山中で、
平十字と名乗る男からカタカムナ文献を見せられたと
いう楢崎皐月氏が描いた周辺地図(「相似象学」誌)だが、
金鳥山の東に「ドロカエシ池」「炉跡の山」がある。
地図を見る限り、炉跡の山は、会下山遺跡の地点だ。
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「炉跡の山」について、「相似象学」誌は記す(要約)。
〜(平十字氏は)笹の葉の動くのを道しるべに
行けば、お前さんの喜ぶものが見つかると言い、その
通りに(楢崎らが)行くと、八ヶ所の古代の炉跡から、
たくさんの遺物を収集した。その際、近くにある倉庫跡を
測量すると、メートル法に従っているので驚いた。〜


いっぽう、「ドロカエシの池」については…(要約)。
☆池の上では、小鳥が90度方向を急展開する。
☆その直下を掘ると、錬金らしき黒い玉が出てきた。
☆池からは、ブクブクとメタンガスが噴き出ている。
☆金鳥山とは「カネトリ山」の意ではなかったか?


2地点に関する記述は、金鳥山周辺に何らかの金鉱
資源があったことを伺わせるが、ちなみに会下山遺跡
が発見されたのは昭和31年、楢崎が六甲山を調査した
とき、会下山遺跡の発掘はまだ始まっていなかった。


さて、数日前に沖縄に来たので、昨日は語り部に
そんな六甲山にまつわる話をして地図を見せると、
会下山遺跡はカタカムナ族の集落だろうと、言う。

「会下山というより、金鳥山を含む一帯がカタカムナ人
の集落だったようです。ドロカエシ池のような沼が
 点々とあり、近くに野ダタラの炉も点在して視えます。
野ダタラは沖縄のジール(地炉)と似ていて、そこでは
鉄と一緒に土器も作っていたようですね。ところで、
〝たらの芽〟とスズ鉄とは、どういう関係がありますか?」
「たらの芽ですか。天ぷらなら最近食べましたけど…笑」

たらの芽のようなモノが土器に山盛りに入っている
 のが視えるという。それが周辺を物語るヒントらしい。
つづく…。






by utoutou | 2018-04-21 10:05 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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