六甲山と瀬織津姫 172 久高島の十字

久高島において、宇宙の四元素を表す「十字」を、
表すものは、葉の対生する神木・アザカしかないのか
…と、しばらく考えていたが、ようやく思いついた。
イザイホーを催した祭祀場・久高殿(くだかでん)
に隠された神祀りの構造がまさしく十字であった。


新月の久高島('16年10月)でも使用した
この写真は、同月1日の朝7時すぎに撮ったものだが、
東から昇った朝日は、神アシャギ(神殿)などが並ぶ
「東西軸」をまっすぐ貫くようにサンサンと輝いていた。
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↓ 久高島の主祭祀場・久高殿。中央が神アシャギ、
右がシラタル宮、左がバイカンヤー(イラブー燻製場)。

いまは途絶えた祭り・イザイホーで、聖なる庭に入った
神女たちは、手前(南)から神アシャギへと駆け込み…
つまり、「南北軸」を通って奥のイザイ山に籠った。
イザイ山には新しい神女たちが三日三晩にわたって籠る
七ツ屋が建ち、傍らにはアカララキが祀られていた。
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同時に、これまでいまひとつ理解できなかった
語り部のある話が、腑に落ちるようになった。
数年前、イザイホーを霊視した語り部はこう言った。
「イザイホーの祭りの真ん中に、猿田彦が立っている」

猿田彦大神(二ライ大主)が出現したその聖所とは、
東西軸と南北軸の十字路(アザカ)に建つ神アシャギ。
神女たちは、「エーファイ(神へ急げ)」と唱和
しながら、「アザカ」の猿田彦の元へと走ったのだ。

そう考えると、『日本書紀』にある例の一文…
〜 一(ひとり)の神あり、天の八衢に居り〜
の意味も違和感なく理解することができる。また、
大和神話の世界は、この神の島の祭祀を祖型に
して成立したものだったのだろうということも…。

これまで、アカララキについてどれほどこのブログ
で書いてきたものか前回振り返ったが、では猿田彦に
 ついてはどうかと調べると、こちらも負けていない。


天岩戸と猿田彦('14年10月)
消えた猿田彦神('14年10月)
伊雑宮と猿田彦神シリーズ('14年11月)
シャコ貝とアザカと猿田彦シリーズ('14年12月)
イザイホーシリーズ('15年1月)
つまりアマミキヨ('15年2月)
猿田彦の下駄シリーズ('15年2月)
猿田彦神社('16年1月)
猿田彦大神('16年9月)
猿田彦の子午線('17年8月)


そもそも、猿田彦を追跡するようになったのは、
二見興玉神社(伊勢市二見町)への参拝がきっかけ。
'14年に行った伊勢神宮へのバス旅は、ちょうど朝日の
昇る時刻の二見興玉神社を第一の目的地としていた。
それからというもの、猿田彦を追跡して伊勢神宮へ
伊雑宮へ、またその関連を求めて久高島へ旅を続けた。
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二見興玉神社の祭神は、猿田彦大神である。
↓ こちら二見興玉神社所蔵・猿田彦出現の掛軸
(大和岩雄著『神と人の古代学』より拝借)だが、
            猿田彦が手にする木は、いまならアザカに見える。           
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さて、4月に行った沖縄旅から時間がずいぶんと
 経ったが、頭の中の時系列ではまだ久高島にいる。
    那覇に1週間いて、途中の1泊を久高島で過ごしたが、  
  そこで知り合った女性がまた十字に関係する人だった。

大阪府箕面市で沖縄料理店を営むというMさん。
四大元素(火・風・水・土)に対応するハーブと塩
 をブレンドした「星のすぱいす」を発売したという。

そこで、つかの間、四大エレメントを意味する
十字(アザカ)の話で盛り上がったが、
不思議なご縁はそれだけでは終わらなかった…。







by utoutou | 2018-05-21 20:06 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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