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六甲山と瀬織津姫 186 猪名川の九頭龍弁財天

戸隠神社(兵庫県川辺郡猪名川町)へ行こうとして、
というより、猪名川の上流へと遡ろうとして、
阪急能勢駅まで行き、しかし時間が足りないことに
気づいた日、それならと、徒歩5分の能勢電鉄駅から
北極星信仰の聖地・能勢妙見宮へと行き先を変えたが、
⇩着いた妙見口駅で、 今度は妙見山へのロープウェーが、
豪雨で土砂崩れしたため不通と知った。


すべて空振りで、この日の前半を棒に振ったが、
大阪府の最北端駅だという妙見口駅まで行った
ことが、実はちょっとした気づきに繋がった。
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車窓から⇩妙見山に連なる山脈。右(南)は箕面方向。
戸隠神社の鎮座する(兵庫県)川辺郡と、能勢妙見の
ある(大阪府)豊能郡能勢町とは地続きに隣接している。
その北摂の最北の深い山々を超えると、もう丹波。
猪名川の源流でこそ、為那国の神祀りはあったと思う。
六甲山と瀬織津姫 186 猪名川の九頭龍弁財天_a0300530_11464540.jpg




いつか語り部が言ったことがあった。
「為那国は、現在の箕面市の狭い範囲には治らない。
おそらく、チヌの海(大阪湾)を囲み、六甲山周辺
や丹波・丹後・播磨、河内・大和も含んだと思います。
さらにその南の葛城の国も、範囲に入っていたかと。
小さい国々の連合体といったかたちだったのでしょうが」

「葛、あの名産品を作った人々のいた葛城の国栖も…?」
語り部は言った。
「国栖、九頭、国主(くず)とは先住の海人民の集落。
その国々を、弥生中期のBC1世紀ごろに束ねたのが
為那都比古かと。その名は代々継がれたようです」

語り部が為那都比古に龍神・九頭龍大神のイメージ
を視るのは、そんな時代背景をダブらせているからか。
私は聞いた。
「ところで、国栖は吉野の近くですよね。
なら、奥吉野と呼ばれた天川も為那国のうち?」
「そうだと思います」

3年半前を振り返る。
「九頭龍大神①南朝を守護した天川弁財天」を書いたが、
いまは、その前段の歴史時間を辿っているらしい。

 「為那国にも弁財天(瀬織津姫)はいたのですよね」
聞くと、語り部は言った。
 「龍神・九頭龍大神というより、オオヒルメ…
日と火と霊(ひ)の神のことですね」
「なるほど、撞賢木厳之御霊天疎向津姫
(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめ)…」



戸隠神社(猪名川町)は、明治時代に入るまで、
少し離れた山中に九頭龍大神を祀っていたという。
極彩色の本殿は室町時代の造営。国の重要文化材。

ちょうど同じ時期、箕面に住む友人のMさんが
その戸隠神社へ行ってきたと写メを送ってくれた。
本殿には、頭に如意宝珠を戴く龍が描かれている。
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まさに九頭龍大神=九頭龍弁財天と感じられる。
その九頭龍大神について書いたシリーズは↓こちら。

九頭龍大神②弁財天は復活した
九頭龍大神③岩戸に隠れた女神
九頭龍大神④鎌卍の社紋は語る
九頭龍大神⑤弁財天と如意宝珠

九頭龍弁財天は、信州の戸隠へと龍脈を辿ったのか…。









by utoutou | 2018-09-09 16:17 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(2)
Commented at 2018-09-15 09:59
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by utoutou at 2018-09-20 10:49
> 東鍛冶屋さん
こんにちは。コメントありがとうございます。諏訪と奥間…カンジャーの歴史的な関係があるのでしょうか。紐解かれたら、また教えていただけたらと思います。
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