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六甲山と瀬織津姫 194 琉球の縄文ベンガラ

沖縄県のサキタリ洞(南城市玉城、ガンガラーの谷
から出土した約5500年前(縄文前期)のものと
見られる砂岩に付着した赤色粉末を調べた結果、
鉄分を含む赤色顔料と確認されたという。
(琉球新報の記事はこちら

県立博物館の発表によれば、赤色顔料とはベンガラ。
ちょうどベンガラのことは前回のブログに書いていた
ので、これは久々にシンクロが起きたか…(笑)

サキタリ洞遺跡は、'11年から調査が行われており、
4年前('14年)に行ったときも、ちょうど
9千年前の人骨を発見したと報じられた直後だった。
(このときのブログは、「国内最古の埋蔵人骨」)


サキタリ洞遺跡は「ガンガラーの谷」という
アミューズメントパークのケイブカフェ周辺にある。
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鍾乳洞内でお茶しながら、遺跡発掘作業が見られる。
こちらカフェ入り口横の ↓「調査区2」。主に、
縄文時代(9千年前以降)の地層が確認されている。
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カフェ内の床はコンクリートで覆われているが、
カフェから太古の森を歩くツアーへと出かける
出口を挟んで、「調査区1」と「3」がある。
こちら約4万〜1万年前の地層だから、今回の砂岩は
「調査区2」の遺物か(写真は沖縄タイムスから拝借)。
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さて今回の発表では、博物館側の解説が興味深かった。
ベンガラの用途は不明としながらも、
土器やボディペインティングに使用かと述べている。
分析調査中、伊礼原(いれいばる)遺跡(県内北谷町)
で出土した曽畑式土器(縄文時代前期)の破片も
     分析してみると、やはりベンガラが検出されたという。    

サキタリ洞から出土した縄文ベンガラは、
 ベンガラで彩色した曽畑式土器と関係があるのか?
  これは大きな発見へのきっかけになるかもしれない。
 「九州から伝来か!?」と、一様に報道されているが、
  曽畑式土器は朝鮮半島の遺跡からも出土しているのだ。

 鹿児島県上野原縄文の森のHPに、その解説がある。
(以下要約)
★曽畑式土器の出土地は、曽畑遺跡(熊本県宇土市)
東三洞遺跡(韓国釜山市)、金峰町阿多貝塚(鹿児島県)
 など東シナ海沿岸、一湊松山遺跡(鹿児島県屋久島) 
沖縄県の渡久地東原遺跡(読谷村)、伊礼原遺跡。
★西南九州に曽畑式土器文化圏が形成されたか。
★屋久島が九州と西南諸島を繋ぐセンターだったか。
★屋久島では、島産と島外産の曽畑式土器が、
上下の地層から発見されているので、南下だけで
は説明しがたい状況が見える。



同サイトから拝借した「曽畑式土器が出土した
遺跡と想定される曽畑式土器文化圏」の地図。
出土地●のいちばん上は、東三洞遺跡(釜山市)
下って次が、曽畑貝塚遺跡(熊本県宇土市)
南端の渡久地東原遺跡(沖縄県)まで950㎞あるが、
出土地は九州の西海岸沿いに縦列を成している。
北部と東部に一箇所もないことは、何を物語るのか?
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曽畑式土器。
同サイトの解説では、「一般的な説としては、
縄文時代の前期に、朝鮮半島の櫛目文様の土器を
使用する人々が海を渡り、西北九州に上陸。九州
の土器に影響を与えて曽畑式土器が成立した」という。
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 語り部にこれらをざっと説明して、私は言った。
「曽畑式土器は九州から沖縄に伝来(南下)した
 というよりも、交易があったということでは…?」
語り部も同意見だった。
「はい、もちろん私もそう思います」

サキタリ洞から出た約5500年前のベンガラから
は、大陸と琉球の交易を担った縄文海人族の存在
を思わずにはいられない。つづく…。







by utoutou | 2018-11-14 09:08 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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