沖縄県のサキタリ洞(南城市玉城、ガンガラーの谷) から出土した約5500年前(縄文前期)のものと 見られる砂岩に付着した赤色粉末を調べた結果、 鉄分を含む赤色顔料と確認されたという。 (琉球新報の記事はこちら) 県立博物館の発表によれば、赤色顔料とはベンガラ。 ちょうどベンガラのことは前回のブログに書いていた ので、これは久々にシンクロが起きたか…(笑) サキタリ洞遺跡は、'11年から調査が行われており、 4年前('14年)に行ったときも、ちょうど 9千年前の人骨を発見したと報じられた直後だった。 (このときのブログは、「国内最古の埋蔵人骨」) サキタリ洞遺跡は「ガンガラーの谷」という アミューズメントパークのケイブカフェ周辺にある。 ![]() 鍾乳洞内でお茶しながら、遺跡発掘作業が見られる。 こちらカフェ入り口横の ↓「調査区2」。主に、 縄文時代(9千年前以降)の地層が確認されている。 ![]() カフェ内の床はコンクリートで覆われているが、 カフェから太古の森を歩くツアーへと出かける 出口を挟んで、「調査区1」と「3」がある。 こちら約4万〜1万年前の地層だから、今回の砂岩は 「調査区2」の遺物か(写真は沖縄タイムスから拝借)。 ![]() さて今回の発表では、博物館側の解説が興味深かった。 ベンガラの用途は不明としながらも、 土器やボディペインティングに使用かと述べている。 分析調査中、伊礼原(いれいばる)遺跡(県内北谷町) で出土した曽畑式土器(縄文時代前期)の破片も 分析してみると、やはりベンガラが検出されたという。 サキタリ洞から出土した縄文ベンガラは、 ベンガラで彩色した曽畑式土器と関係があるのか? これは大きな発見へのきっかけになるかもしれない。 「九州から伝来か!?」と、一様に報道されているが、 曽畑式土器は朝鮮半島の遺跡からも出土しているのだ。 鹿児島県上野原縄文の森のHPに、その解説がある。 (以下要約) ★曽畑式土器の出土地は、曽畑遺跡(熊本県宇土市) 東三洞遺跡(韓国釜山市)、金峰町阿多貝塚(鹿児島県) など東シナ海沿岸、一湊松山遺跡(鹿児島県屋久島) 沖縄県の渡久地東原遺跡(読谷村)、伊礼原遺跡。 ★西南九州に曽畑式土器文化圏が形成されたか。 ★屋久島が九州と西南諸島を繋ぐセンターだったか。 ★屋久島では、島産と島外産の曽畑式土器が、 上下の地層から発見されているので、南下だけで は説明しがたい状況が見える。 同サイトから拝借した「曽畑式土器が出土した 遺跡と想定される曽畑式土器文化圏」の地図。 出土地●のいちばん上は、東三洞遺跡(釜山市) 下って次が、曽畑貝塚遺跡(熊本県宇土市) 南端の渡久地東原遺跡(沖縄県)まで950㎞あるが、 出土地は九州の西海岸沿いに縦列を成している。 北部と東部に一箇所もないことは、何を物語るのか? ![]() 曽畑式土器。 同サイトの解説では、「一般的な説としては、 縄文時代の前期に、朝鮮半島の櫛目文様の土器を 使用する人々が海を渡り、西北九州に上陸。九州 の土器に影響を与えて曽畑式土器が成立した」という。 ![]() 語り部にこれらをざっと説明して、私は言った。 「曽畑式土器は九州から沖縄に伝来(南下)した というよりも、交易があったということでは…?」 語り部も同意見だった。 「はい、もちろん私もそう思います」 サキタリ洞から出た約5500年前のベンガラから は、大陸と琉球の交易を担った縄文海人族の存在 を思わずにはいられない。つづく…。
by utoutou
| 2018-11-14 09:08
| 瀬織津姫
|
Trackback
|
Comments(0)
|
![]() by utoutou
カテゴリ
全体 ミントングスク 久高島 イザイホー 玉城 語り部 城(ぐすく) 天孫氏 御嶽 スサノオ 出雲 神社 琉球の神々 伊勢 洞穴(ガマ) 龍蛇神 ヤマトタケル お知らせ 天女伝説 斎場御嶽 ナーワンダーグスク 石垣島 九頭龍 瀬織津姫 琉球の玉 舜天 琉球王 グスク・御嶽 最終章 第二章 縄文アマミキヨ 未分類 最新の記事
以前の記事
2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 more... 画像一覧
最新のコメント
最新のトラックバック
検索
記事ランキング
ブログパーツ
フォロー中のブログ
ブログジャンル
外部リンク
ファン
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||