六甲山と瀬織津姫 195 弊立神宮への道

沖縄本島のサキタリ洞(南城市)から出土した
砂岩に付着していたベンガラ(赤色顔料)と、
本島の伊礼原E遺跡(北谷村)から以前に出土した
曽畑式土器の装飾ベンガラは、いずれも県内最古、
約5500年前(縄文前期)のものと判明した。

その時代に、九州の土器やイヌの飼育など
九州的な文化が沖縄に波及したと考えられるので、
ベンガラもまた影響を受けた可能性があるとの見解。
つまり、当時から九州と沖縄には繋がりがあったと。
九州では、13000年前(縄文草創期)から
ベンガラが使用されていたという。

曽畑式土器は、九州150ケ所の遺跡から出土するが、
明治期に初めて発表された土器片が、曽畑遺跡
(宇土市岩古曽町曽畑)からだったためそう呼ばれる。

遺跡のある、宇土市。
'16年4月に起きた熊本地震で被災した宇土市役所の
建物を写したニュース映像は記憶に新しいが、実は昨年の
今ごろ、弊立神宮(熊本県上益城郡山都町)へ参った際、
まだ復興工事の続く付近の道路をレンタカーで走った。


弊立神宮(熊本県上益城郡山都町)には、空港から
1時間半ほどで着いた。石段を登り真正面に社殿を仰ぐ。
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参拝は去年の12月3日、ちょうど落葉の季節だった。
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弊立神宮への道は、空港からまず国道445号線を
上益城郡矢部町まで南下したのだったと思うが、
途中、御船町という町がある。↓ 町HPの地図を拝借。
なんとその町名の歴史は深く、日本書紀に由来している。
景行天皇が熊襲平定の折に着岸したのが御船川という。

こちら益城郡に熊襲が住んでいたとは、意味深である。
ちなみに御船町を西へ辿ると、宇土市の名も見える。
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さて、縄文前期、沖縄に伝播したかもしれない
 曽畑式土器の熊本県内分布図(70ヶ所)を見ると… 
44番(中央の赤丸)は、上益城郡御船町辺田見、
45番(右の赤丸)は、上益城郡矢部町大字城平、
49番と50番(左の赤丸)は曽畑遺跡(宇土市)。
ちょうど弊立神宮へのアクセス・ポイントと重なる。
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(「熊本県文化財調査報告 曽畑」('88年)より拝借。
 赤丸・青丸は、当方の加工です)



さらに興味深いのは、地図内45番の矢部町にある
遺跡が、緑川流域遺跡と命名されていることだ。
幣立神宮は緑川の源流域(16㎞東)に鎮座している。

境内の由緒板にも、このように記されていた。
〜神殿に落ちる雨は東西の海に注いで地球を包む
ので、高天原 日の宮の伝承を持つ 〜
「東西の海」のうち、西の海に繋がっているのが緑川だ。
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弊立神宮の歴史は15000年という。
御祭神は神漏岐命・神漏美命、天御中主神、天照大神。
南島海人族の崇めた「日の宮」ということになるか。
スサノオの魂」に書いたが、神漏岐命・神漏美命は、
沖縄伝承では、超古代の人々が崇めた最古の一対神。
摂社・水神社に立つと、鳥居の龍神が目に飛び込んだ。
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ところで、時代は大きく降って。
4世紀の頃、「曽畑式土器の出土地に熊襲がいた」
というが、その関係を「深掘り」してみたい。

熊襲は縄文時代から大陸と列島を往来したという。
曽畑式土器は、大陸の影響を受けているが、その
作り手は熊襲だった可能性があるのではないか…。

ところで、上の地図で、青丸で囲んだ51番は、
轟遺跡(宇土市宮ノ荘轟)で、ここから出土した
轟式土器は曽畑式土器より古く約6000年前のもの。

轟式土器の研究は昭和時代になって進んだようで、
いまでは曽畑式土器に先行する土器とされている。
「プロト(最初の)曽畑式」なる言葉もある。

轟式土器の出土地・日勝山遺跡(鹿児島県伊佐市)
は、熊襲の本拠とされる熊本県南部、球磨川
の流れる球磨・人吉地方に隣接する。

上の地図を掲載する「熊本県文化財調査報告 曽畑」
によれば、轟式土器は阿多貝塚(鹿児島県金峰町)
からも出土したが、ここも隼人(熊襲)の出拠だ。

轟式土器を作った熊襲が、大陸の櫛目文土器を
作る人々の影響を受け、曽畑式土器が生まれた
と、考えられるのではないだろうか。
とすれば、琉球の曽畑式土器もまた同様に…?



by utoutou | 2018-11-26 13:34 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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