六甲山と瀬織津姫 196 「縄文と沖縄」へ

  沖縄へ来た。那覇市おもろまちの県立博物館へ。
「縄文と沖縄」がちょうど開催中。
テーマは「火焔式土器のシンボリズムとヒスイの道」
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タイトル通り、展示会の目玉は火焔式土器。そして
クマヤー洞窟から出た新潟県糸魚川産のヒスイや、
平安山遺跡から出た青森県亀ケ岡遺跡の土器が主役
と思うが、3階の展示場に着いて係の人に聞いたのは、
もちろん…。
「曽畑式土器とサキタリ洞から出た5500年前
の赤色顔料は、どちらに展示されていますか?」
女性は会場内を探した後、戻って案内してくれた。
あまり話題にはなっていないのか?…縄文ベンガラ。



そして、「南島のシンボリズム」コーナー内
「海を超えた縄文人・交流のはじまり」を見る。

右・曽畑式土器(北谷町の伊礼原遺跡から出土)
左・曽畑式土器(熊本県宇土市から出土)
何種類かの幾何学模様が刻まれているのが特徴。
いずれも、ベンガラと同じ縄文前期にできた土器。
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もうひとつの狙い…赤色顔料の付いた2点の遺物
(縄文前期、約5500年前)も近くに並んでいた。

右・この11月に「沖縄最古」と発表された
  赤色顔料が付着した砂岩礫(南城市サキタリ洞)。
左・サキタリ洞の砂岩礫の調査に伴って分析され
赤色顔料が付着していると判明した、曽畑式土器
北谷町伊礼原E遺跡
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今回の発表では、ベンガラはいずれも九州から
伝わったものというが、沖縄産の可能性はないのか?
伊礼原遺跡で出土している曽畑式土器のほとんど
は、伊礼原で製作されたものとされているにも
かかわらず、一辺倒に「すべて九州産」というのが、
どうにも腑に落ちない感じがしていたのだ…。


ところで、曽畑式土器が九州産か沖縄産かは、
胎土に滑石が含まれるかどうかで判断するという。
滑石は主に長崎県で産出される鉱物で、沖縄には
分布していない。よって少なくとも伊礼原から出土
した曽畑式土器には、滑石は含まれていない。
とすれば、今回ベンガラが発見された曽畑式土器が、
滑石が含まれていないものならば、ベンガラが
地元産である可能性はグッと高くなる…。


そこで、車で40分ほどの北谷町役場へ向かう。
役場の敷地内に、町が管理する遺物展示室がある。
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伊礼原遺跡は北谷町役場から至近の場所にある。
※地図は沖縄タイムス記事から拝借。
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途中、北谷町の担当部署に電話で確認していたところ、
社会教育課文化係の方が展示室を開き解説してくれた。
「県博に貸し出し中」の曽畑式土器は右奥に。
同じく手前の「貸し出し中」は室川下層式土器。
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係の方の説明が始まったところで、こちらからも聞く。
「ベンガラが付着していた曽畑式土器に、
滑石は含まれていたんでしょうか?」
「それが、含まれていなかったんです」
「では、それは伊礼原で作られた土器なのですか?」
「とは一概には言えなくて…。今回分析したのは破片
ですから、土器全体を分析しないことには…」
「なるほど…」

次に、ベンガラについても聞く。
「この地でベンガラが採れた可能性はありますか?」
「それは、あります。伊礼原遺跡は古代の海岸線に近い
低湿地にありましたから、鉄バクテリアからできる
ベンガラが採れた可能性は十分にあります」
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伊礼原でベンガラこと赤色顔料が使用された可能性は、
この低湿地で鉄バクテリアを生む褐鉄鉱が成った可能性に、
さらに言えば、「朱の一族」がいた可能性に繋がる…。


by utoutou | 2018-12-02 13:48 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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