北谷町の展示館から那覇へ戻ると語り部が言った。 「櫛は見ませんでしたか? 伊礼原を流れる ウーチヌカー(※カー=川)の近くには、 御先(うさち、上古)時代に集落があったと思います」 しまった…土器ばかりに気が向いてしまい、 それ以外の遺物にはあまり注目しないできたが、 語り部はおそらく、櫛が謎解きの鍵と読んでいるのだ。 伊礼原遺跡(沖縄県北谷町)の航空写真(赤丸)。 黄丸(私の加工)は観光地アメリカンビレッジの位置。 (※県立博物館・考古学ニュース('09年)より拝借) ![]() さて、話は続き…、私は聞いた。 「伊礼原遺跡から出た櫛が大事なんでしたか?」 「そうですね、出て来ます…」 神託か霊視か、ともかく彼は櫛のイメージを視ている。 出て来ます…とはそのこてで、彼自身も知らない 古の記憶が、何かの拍子にこんなふうに引き出され、 私はそのイメージをヒントにこれまでも追跡してきた ので、今回も「櫛」は重要なアイテムなのだろうと思う。 その ↓ 櫛(※画像は考古学ニュースから拝借)。 「小川の川底から出土した木製櫛」。いまから 約2500年前の縄文晩期に作られたという縦櫛で、 長さ8㎝、最大幅4.2㎝。素材はなんと八重山黒檀。 つまり、この地で製作された櫛ということになるか。 「広報ちゃたん」によれば、一枚板に先端の尖った 道具で両面から削る刻歯式(こくししき)技法による。 ![]() それにしても、ちよっと驚いた。 八重山黒檀は木質が重く硬いことで有名な木。 現代でも琉球三線などの高級素材として知られる。 それを伊礼原の人たちは、何を用いて削ったのか? 道具についての研究結果は出ていないようだが、 縄文時代の利器ならば、黒曜石の断片なのだろうか。 では、その石を鋭利に削った道具は何だったのか? 1週間の沖縄旅行から東京に帰ってからも気にかかり、 くだんの「考古学ニュース」を溜息まじりに見ていたが、 思わぬところで目を見張った。これかもしれない…。 ![]() この伊礼原に人が住み始めたのは、約7000年前で、
by utoutou
| 2018-12-08 18:58
| 瀬織津姫
|
Trackback
|
Comments(4)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
> 東鍛冶屋さん
返信が遅くなり申し訳ありません。そう言えば、私も2年ほど前にそちらのブログを拝読していました。当時は褐鉄鉱についてあまり知らなかったので、よくは理解できなかったのですか…。 たたら製鉄は仰る通り廃れたと思います。ですが、南城市大里にあるカニマン墓の付近から鉄滓が出たという話があります。褐鉄鉱でないにしても、これは砂鉄による製鉄が行われていた可能性を示唆するものだと思っています。 また、大里のヌンドゥンチには中山王・察度王と武寧王のトートーメがあり、この土地との関連を伺わせますが、ご存知、察度王は奥間大親と天女の間にできた子と伝承されていますね。語り部さんは、「この地にはウサチ・カニマンがいた」と地元の方から聞いたことがあるそうです。
0
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
> 東鍛冶屋さん
ご沙汰してしまいました。青銅のカニマンもいたのでしょうね。青銅から(砂鉄による)鉄器の時代へという変遷が教科書で習った鉄の歴史かと思います、それ以前の鉄…スズ鉄(褐鉄鉱)による製鉄については未知の部分が多いですが、私はあったと考えています。ヒーフチャー(火吹き男)という言葉が、スズ鉄のタタラで働いた人か、砂鉄のタタラで働いた人なのか、が知りたいところです。
|
![]() by utoutou
カテゴリ
全体 ミントングスク 久高島 イザイホー 玉城 語り部 城(ぐすく) 天孫氏 御嶽 スサノオ 出雲 神社 琉球の神々 伊勢 洞穴(ガマ) 龍蛇神 ヤマトタケル お知らせ 天女伝説 斎場御嶽 ナーワンダーグスク 石垣島 九頭龍 瀬織津姫 琉球の玉 舜天 琉球王 グスク・御嶽 最終章 第二章 縄文アマミキヨ 未分類 最新の記事
以前の記事
2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 more... 画像一覧
最新のコメント
最新のトラックバック
検索
記事ランキング
ブログパーツ
フォロー中のブログ
ブログジャンル
外部リンク
ファン
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||