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六甲山と瀬織津姫 235 東大寺の弁財天

いまふたたびの奈良へ♪ではなく、三度目の奈良へ。
関西出張から居残って、宇陀(桜井市)を目指す。
宇陀は大和随一の水銀鉱床。そこから出た辰砂(朱)
を掌中に治めたのは卑弥呼とその一族、つまり、
最古で最強の和邇族だったろうと、私は考えている。

宇陀という地名に反応してか、語り部も言った。
「セーナナー(海人七氏族)が宇陀に行ったと思う」

そんなわけで、初めて宇陀へと行ってみることに。
その前に、奈良市内の史跡も散策したい…。

JR奈良駅前あたりに宿泊して、朝、町へ出た。
県庁屋上は、知る人ぞ知る最高の絶景ポイントという。
360度のパノラマで、東西南北が見渡せるらしい。

ネットで知り市内循環バスで向かって県庁舎へ。
展望台の回廊から実によく見渡せる。
お目当ては、県庁舎から東に見える山だった。
春日大社の奥宮・御蓋山(みかさやま、黒く見える
山頂が三角の山、春日山とも呼ばれる)
と、その左の若草山(黄緑色の山)。


ことに、御蓋山は春日大社が創祀される前から
の神奈備山、そして、禁足地。謎を秘めている。
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県庁舎の屋上公園は工事中だったが、展望台は開放。
それが周知されていないのか、貸し切り状態で、
8時半から9時の間、絶景を独り占めして楽しんだ。

ちなみに、奈良県庁の庁舎は、
↓写真左の興福寺の北(青の楕円を加筆)に。
東に若草山(上の青丸加工)と御蓋山(下青丸)。
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その後は、東大寺へ。大仏さまの見学に行った。
朝9時なのに、外国人参拝者は予想以上に多かった。
真夏日並みの猛暑だったが、さすがに薫風は爽やか。

外国人団体客と小学生の社会科見学、グループで移動
する人々の間隙を回遊しながら、大仏を見上げ堪能。
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こちら大仏の左に坐す虚空菩薩。
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大仏と虚空菩薩。
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大仏の背後を通り反対側に回ると、如意輪観音。
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大仏と如意輪観音。
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聖武天皇が造った大仏(毘盧遮那、ビルシャナ)」。
「高さ16m、幅12m、重さ112.5t…」と、
小学生グループのガイドさんが説明している。
いっぽうで、外国人グループのガイドさんも、
「完成して開眼法会が行われたのは752年…」などと。

金メッキの仕上げだけで6年かかり、費やされた年月
は実は11年…など、朱関連のことは語られなかった
が、百済から来た大仏師はじめ工人の数は述べ42万人。
(※東京都鍍金組合HPより)壮大な国家事業だった。



さて、大仏殿を出て、前にある「鏡池」を歩いた。
記念撮影のメッカらしく、大仏殿と中門の両方を
背景にする湖畔で「うみ・やまー」と歓声が聞こえる。
最近は、「せい・ちーずー」とは言わないらしいが、
ともかく、外国人にも知れ渡った場所であるらしい。
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しばし佇んでいると、赤い鳥居に気がついた。
目を移すと、木々の向こうに山頂(写真右)が見える。
朝いちばんで県庁から眺めた、あの春日山(御蓋山)。
偶然知る景観に、その意図を推理せずにいられない…。
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調べると、神社は「鏡池の弁天さん」と呼ばれる
厳島神社らしい。ご祭神は、市杵島姫神。
(※写真は「奈良まちあるき紀行」HPから拝借)
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東大寺と弁財天。春日山と春日大社と市杵島姫。
期せずして、海人族を訪ねる旅は始まっている…?














by utoutou | 2019-05-28 20:05 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(2)
Commented at 2019-05-31 21:11 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by utoutou at 2019-06-02 10:16
> kokoroさん
姫たちの御霊は同じですし、神さまは元ひとつ。おっしゃる通りと、私も思います。春日神社にしても比売神について諸説あるようですが、こちらも瀬織津姫ではないでしょうか。
天皇家の祖先神である天照大神は、天武・持統の両天皇が伊勢神宮と共につくり上げた女神と考えます。その荒魂(撞賢木厳之御魂天疎向津姫)は瀬織津姫であり、天照大神の誕生と入れ替わりに消えることになった姫神の総称が瀬織津姫かと思います。その神名の初出も「中臣祓」ですから、時代はそう遡らないのでしょう。市杵島姫や菊理姫も瀬織津姫。先日来ブログに書いています卑弥呼(持論では和邇の日巫女)も瀬織津姫となりますね。そう言えば、市杵島姫や菊理姫は瀬織津姫と書いた過去ログもありましたので、よろしければ♡
「宗像一女神」https://mintun.exblog.jp/23602486/
「契丹古伝の女神」https://mintun.exblog.jp/23653660/
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