神武東征伝承の地である「宇陀の血原」には宇賀神社 があり、「太陽の道は鉄の道」に書いた宇陀水分神社 へも、一度は参ってみたいと思っていたのだったが、 他の寺社を回るうちに、ついつい割愛してしまった。 ことに血原は、 神武東征の折、あのウカシ兄弟と戦ったという土地。 兄宇迦斯(えうかし)と弟宇迦斯(おとうかし)は 神武に抵抗したが、弟の裏切りで兄宇迦斯は死んだ。 そのとき血が流れたので血原と呼んだと神話は語るが、 血原とは、水銀鉱山から出た朱砂に染まった赤い土地 を指すといった解釈が、先の大戦以降の研究では定説に。 もう露頭は見られないだろうが、行くべきだったか… というような話をしていたとき、語り部は言った。 「血原は、“ちはや”のことですよね?」 「血原は千早、ですか…。なぜそれが分かります?」 「楠正成と言えば金剛山の千早赤坂城。千早は“朱”です」 確かに金剛山は朱産地、役小角の修行地でもあった。 楠正成は、辰砂の利権と修験者を後ろ盾にして名将に。 土地の古称であったろう血原の転化が「千早」という のは、おいしい水のようにすっきりと飲み込める話だ。 すると次に、話は意外な方向に展開していった。 「ちはやというのは、巫女さんの衣装でしょう。 そもそも、天皇の召される直衣だったと思います」 調べると、確かに天皇の御引直衣の袴は赤色で、 巫女装束も赤袴と白い着物の組み合わせなのだが…。 どうやら、語り部の脳裏では、その「紅白」に 象徴されている何かのイメージが広がっている模様。 そして、言った。 「ちはやぶる、神代もきかず、ナントカという龍田川 を歌った和歌も、赤と白の対比を歌ったものですよね?」 Amazonビデオで↓『ちはやふる』を観たばかり だった私は、その偶然にかなり驚いたものだった。 「確かに紅白、でも平安時代の恋愛を歌った句ですね」 〜 ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれないに 水くくるとは 〜 「古今和歌集け」「伊勢物語」に載る在原業平の句。 広瀬すずが主演した『ちはやふる』三部作は、 高校の競技かるた部を描いた青春ムービー。 そのテーマが百人一首「17番」の「ちはやふる」。 しかし、平安貴族の悲恋が、なぜ血原と関係するのか? ![]() ![]() こちら↓ネットから拝借した百人一首のかるた。 「千早ぶる」が「血原ぶる」なら、どんな意味に? 現代訳は(勝手にしてみると)こんな感じか…。 〜血原の朱が鮮やかだった神代でも、 これほどの話は聞かなかったに違いない。 龍田川が絞り染めのように朱色になっている 〜 ![]() 在原業平の名句は、どんな暗喩が潜んでいるのか…? 三日三晩うなされ(笑)、4日目の朝にピンときた。 これは、在原業平と藤原高子(二条后)の悲恋物語 というより、国津神vs.天津神の対比を描いた和歌か? 国津神とは「朱」の鉱脈を辿って渡来した古族であり、 その末裔となる在原業平は、恋愛を成就しえなかった…。 「白」は稲に象徴される天津神、藤原家を示していたか。
by utoutou
| 2019-06-29 13:40
| 瀬織津姫
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