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六甲山と瀬織津姫 252 消されたヒルコ神

「六甲山にも、甑岩がありましたよね?」と、
 語り部が言った越木岩神社(兵庫県西宮市甑岩町)。
確かに町名に痕跡が残っている。六甲山東麓に鎮座
する磐座は、「甑岩大神」。高さ10mある巨岩だ。


↓ 甑島(鹿児島県川内市甑)の中甑島にそびえ立つ
磐座の甑大明神と、とてもよく似た威容だった。
こちらの画像は鹿児島観光サイトさまから拝借した
社殿はなく、磐座の上で祭祀が行われていたようだ。
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話はちょっと前後するが、こちらが、
越木岩神社の本殿の背後に鎮座するご神体・甑岩。
海岸線が現代よりも奥まっていた千年前には、
チヌの海(大阪湾)を往く船上から見えたという。
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甑島大明神、そして越木岩神社のご神体・甑岩。
それぞれの命名の源となったのは、甑(こしき)。
弥生時代に伝来した、粟や米を蒸すための土器だが、
中国長江流域の河姆渡(かぼと)遺跡(縄文早期の
7千年〜5千年前)からも ↓ 甑の土器が出土している。
下から竃、甕、底に小穴が空いた甑、の3点セット。


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さて、越木岩神社の
磐座は花崗岩であるといい、祭神は市杵島姫。
本殿には、蛭子大神(ひるこおおかみ)が祀られる。
境内の案内には、蛭子大神の亦名・えびす大神とも
記されていたのを記憶しているが、語り部は言う。

「元々は蛭子(ヒルコ)が祀られていたと思います。
甑島大明神も、甑隼人が崇めていた神でしょう。
その近くに蛭子(えびす)神社がありますね?」
ググると、確かに、中甑島に蛭子神社はあった。

「しかし、甑隼人がなぜヒルコをお祀りしたので
 しょうね? 移動したかもしれないというのも謎…」

語り部は言った。
「ヒルコは、ヤマト神話にイザナギ・イザナミの
第一子として生まれながら、不具な子ゆえ葦舟に
乗せられ流された神として登場しますね。ただ、
流されて以降どうなったのかは、神話は記さない。
同じように甑隼人も歴史にはほとんど登場しない。
ヒルコは、甑隼人の先祖だったのだろうと思います」

「先祖…?」
「海幸彦・山幸彦の物語に出てくるのはふたり。
長男のホデリ(海幸彦)と三男のホオリ(山幸彦)。
次男のホスセリはヒルコとして系譜から外された…」

海幸・山幸の「失われた釣り針」の神話。
やがて末子のホオリ(ヒコホホデミ)は神武の祖父
となり皇代が始まる。その日向神話が、薩摩半島を
舞台に展開するのは、朝廷が隼人と呼んだこの地
の先住民を服属させた8世紀に成立したからだろう。

ちなみに、「甑隼人」とは、これも朝廷による呼称
で、日向隼人、大隅隼人、薩摩隼人、阿多隼人など
と、地名を冠された部族名だったというが、
 それぞれはまったく同一の部族ではなかったようだ。

混乱した私は、思わず聞いた。
「やっぱり分からないのは、どうして甑隼人たち
が、わざわざ六甲山へ行ったのか…ですよね」
「アシア族はどこにいましたか?」
「六甲の金鳥山、つまり、保久良神社の周辺に…」
「甑隼人はアシア族の故郷を訪ねたのだと思います」

by utoutou | 2019-08-08 18:37 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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