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六甲山と瀬織津姫 257 水がね姫の変身

稚日女命が丹生都姫と同神であることは、
聖武天皇時代(8C)の祝詞「丹生大明神告門」に
記されている。いっぽう、水がね姫とも呼ばれた。
水銀は水がね。つまり、「朱砂の女神」である。

そして、この神名は何度かの変身を遂げてきた。
例えば現在、六甲山周辺に二社ある丹生神社の
うちの一社・高羽丹生神社(神戸市灘区高羽)の
祭神は罔象売神(みずはのめのみこと)で、
 通称「水神さん」。丹生都姫の名は消えている。

これを「ニウズヒメの大和系変化」と命名した
のは、『古代の朱』の著者・松田壽男氏だ。

曰く、水がね姫を信仰した朱砂採掘の民が、
もし採掘から遠のいて、畑仕事に転向すれば、
今度は、降雨の女神を信仰する。かくして、
各地の丹生神社に祀られた水がね姫は変身し、
水神・ミズハノメに主座を奪われることになる。


そうだったのかと、越木岩神社(西宮市甑岩町)
の摂社を思い出す。参拝時には、水辺でもないのに
「甑水神・罔象免神社か」と感じたものだったが。
元が水がね姫ならば、朱産地だったかもしれない。
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では、同じく六甲山の東に鎮座する
芦屋神社(芦屋市芦屋町)の水神はどうか…。
今年の春、桜満開だった4月中旬に訪れていた。
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彌都波能売神(みつはのめのかみ)が本殿に祀られる
いっぽう、境内には水神社も鎮座。芦屋市で唯一
残るという円墳(6C末〜7C)の横穴に祀られて
いるが、元の在所は芦屋川上流の弁天岩にだった。
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芦屋川沿いの一帯が朱産地であったという伝承は
なく、従って水神が水がね姫の変化形という確証
はないが、摂社・猿丸神社が何かを訴えかける。
猿丸神社の右奥には、猿丸大夫の墓という石塔。
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猿丸大夫とは、古今和歌集にも歌を残した
三十六歌仙のひとりとされ、芦屋の山に庵を
結んでいたという。この伝説の歌人についての
 伝承は各地にあるが、芦屋猿丸家も知られている。

別名・小野猿丸。小野家は鉱脈を辿って全国を
 歩く鍛冶族で、琵琶湖西岸にいた和邇氏の支族。
 芦屋で金属採掘・精錬をしていた可能性は高い。


せんだっての休日のことだった。そんな訳で、
水がね姫や猿丸の話をすると、語り部が言った。
「ヒカゲノカズラの草冠って、何ですか?」
また何か強力な神託が降りてきたらしい…。



by utoutou | 2019-09-05 13:35 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 徹平 at 2019-09-06 15:16 x
こんにちは。
福岡県の芦屋で、半年ほど生活していた時期がありました。
もっと前に読めてたら、芦屋での生活がもっと有意義になってたと思うと、残念です(笑)

徳島県が邪馬台国として名乗りをあげたことで、錬金術のことがイメージしやすくなりました。
阿波では丹が採れたらしいとのことで、関連するのかしないのか、このブログの展開が楽しみです。
Commented by utoutou at 2019-09-10 13:53
> 徹平さん
こんにちは。芦屋に住んでいたのですか!? 芦屋釜(鉄釜)を造る地域もあるようで、その歴史も知りたいですね。
阿波が邪馬台国に名乗りを上げたというニュースも拝見しました。頑張っていますね! 笑
で、記事には若杉山辰砂鉱山は、倭で採れた辰砂(丹)の全国唯一の遺跡だったと書いてありまして、大和水銀鉱床群は数に入れていないところが腑に落ちなかったです。魏志倭人伝に記される「其山有丹」とは、大和(宇陀)と阿波(若杉山)の2ケ所を指すと思うのですが。阿波は邪馬台国連合の領域にあり、辰砂を卑弥呼に献上した国だったのではないでしょうか。
Commented by 徹平 at 2019-09-13 11:40 x
僕も腑に落ちませんでした。
唯一というわけではないと思いました。
採掘できる地域として、重要な人物は居たかもしれませんが、邪馬台国としては疑問点が多かったです。
後々にこのブログの展開が示してくれるような気がして、今後も楽しみにしています。

芦屋に住んでいたことがありまして、時間を持て余していたので遠賀川に沿って散歩することが多かったです。
なんだかもったいない心境です(笑)
今になってわかるんですが、これまで、僕自身が生活してきた場所は、ご先祖さんが関係していた場所でした。
知らず知らずに転居先に選んでいたので、芦屋ももしかしたら関係があったのでは?と思いました(笑)

以前お話したことがあると思いますが、僕がこのブログに初めて出会ったのは、百名大主から声かけられたことがきっかけでした。
母方のルーツをたどると、百名大主に当たると、先月知ることができました。
そこに至るまでに、多くの学びや気づきがありました。
このブログを読んでても、気づかせてもらえることがたくさんあります。
芦屋や甑のことに限らず、いつも楽しみにしています。
Commented by utoutou at 2019-09-16 14:37
> 徹平さん
こんにちは。芦屋に住み遠賀川で散歩していたとは、まさに先祖返りかもしれないですね。遠賀川流域で出たゴホウラ貝を交易していた古代の貝商人たちは甑島周辺も通ったはずですしね。また、そのゴホウラ貝の腕輪をした人は沖縄・北谷の伊礼原遺跡からも出ました。東海岸でもゴホウラの貝溜まりは垣花樋川の遺跡から見つかり、その樋川の水は百名の海に注ぎます。そこにもまたご先祖様の伝え。ものすごい大きな力で導かれていますね。笑
ひょっとすると芦屋と甑島と百名を辿ると、ある一族に行き当たるのかもしれませんね。
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