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六甲山と瀬織津姫 263 火の神(ヒヌカン)

明石海峡大橋を通り、初めて淡路島へ渡った。
五色塚古墳の近くには高速入口がなかったので、
JR舞子駅に車を置き、高速舞子からバスに乗った。
約10分で淡路島SAに到着。12時40分。近いな。
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対岸の舞子浜を遠望。先ほどいた五色塚古墳や
白砂の美しい舞子浜(長さ1.7㎞あるという)
の景観をスマホカメラをズームにして見とれた。

その白砂は六甲の花崗岩が風化してでできた真砂。
龍の都・志賀海神社(福岡市)が思い出された。
志賀島で、真砂は「お潮井」と呼ぶお浄めの聖砂。

参拝後、真砂を「海神のレガリア」と書いたが、
まさに真砂・花崗岩・水銀朱(丹)は、朱の王国
・倭の繁栄を築いた隠し財源だったという説がある。

時代は降って、神功皇后が三韓遠征に赴くとき、
丹生津姫の託宣により六甲・丹生山の赤土(丹)
を船体などに塗り、戦勝したという伝承があった。

水銀朱(丹)は、1500万年前の地球からの賜物。
それを人々は地球の神霊と感じたのでは…? また、
神功には安曇磯良が授けた潮満珠・潮干珠の守護も。
満干珠とは潮の干満を作り出す、太陽と月の神霊。


太陽・月・地球…神功皇后の出兵を守護した
その三神を、琉球ではオミチムン(御三物)と呼ぶ。
いまも家々で祀られる「火の神(ヒヌカン)」だ。
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沖縄でヒヌカンを「竃の神」として祀るのは、
天照大御神を祀る国家神道を慮ってのことだろう。

本来、台所で使う火に限定しての神ではない。
この地球の核で燃える火を神として崇めていた。

久高島のイザイホーを「火のパブテスマ」と、
語り部は言ったが、それは琉球の原初信仰は、
日と火と水と霊、すべてを祀るものだった。

「火という字はね…」と、
語り部は、神女おばあに教えられたという。
「右が太陽、左が月、その間に人の生命が宿る地球
がある。火という字は、オミチムンのことだよ」
「円のなかに人を書いてごらん、三つ巴になる」と。


淡路島SAのカフェで名物の海鮮丼を食べながら、
思いもよらず思いにふけってしまった、13時半。
渦潮の見頃時間にはタイミングが合わなかった。
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淡路IC発13時58分の高速バスで舞子へ戻ること
にして、上りのバス停で、また渦潮を思う。
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渦潮に特別な思いを抱くのには、伏線があった。
日下部(後の日置部)に関係する話をするとき、
語り部はよく、「隼人の盾が視える」と言う。

カタカムナのアシア族がいた保久良神社の話、
生田神社に祀られる稚日女命(丹生津姫)の話、
廣田神社の天照大御神の荒魂の話をしたときも、
あの盾に描かれた渦巻き紋のイメージを湧かせる。

本当の日向」にも書いたが、
渦巻紋は火の一族・日下部(日置部)のアイコン
であり、「生命の輪廻を願う呪術文様」である。

またカタカムナの文字列の渦巻きにも酷似する。
あれは、宇宙創造のエネルギーということだった。
あるいは、鳴門海峡の渦潮を制した海人王の証。
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日と火と霊を崇め、大海と鉱脈を渡り歩いた
海人・日下部とは甑島から来た隼人ではないか?
日下部が琉球から来た?」とも、考えている。







by utoutou | 2019-10-04 20:40 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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