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首里森の御嶽は残った〈2〉火炎宝珠

首里城でもっとも古くて重要な聖地とされた
首里森御嶽には、屋根に火炎宝珠の装飾がある。
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※写真は首里城公園サイトから拝借





「首里森御嶽地区発掘調査報告書」('08年)
には、次のように記されている。(要約)

☆(御嶽の)北側に門があった。(※上写真)
   ☆門の上に横材を渡す「まぐさ形式」である。  
☆まぐさ(横材)に代えて石製入母屋を置き、上部
 両端に鴟尾(しび)、中央に火炎宝珠を配している。


宝珠は隠された」に書いたように、火炎宝珠
や如意宝珠を、沖縄では「ぬぶし玉」と呼ぶ。
言い換えれば、「琉球の魂(まぶい)」である。
 さらに、琉球の魂とは「火の神(ヒヌカン)」。

そのことを感じながら、首里城を歩いてみた。
昨日6日は、この旅では初めての首里城内の見学。
火災後に規制が解かれたエリアに、園比屋武御嶽
も含まれていて、周辺には多くの見学者がいた。

実際は、そこが崩落した正殿方向を撮る撮影
 ポイントだからのようで、御嶽を撮る人は少ない。


そんななか、人垣を縫い撮影した園比屋武御嶽。
石製入母屋(屋根)に鴟尾と火炎宝珠の装飾を見る。
 鴟尾(しび)とは古来の、いわばシャチホコ。
ぐるりの石積みは首里森御嶽とかなり似ている。
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↓石製入母屋(屋根)の火炎宝珠・拡大
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前日に訪れた、
首里城内の弁財天堂の屋根にも火炎宝珠が載る。
県立芸大と円覚寺跡に最寄り。天女橋が美しい。
コーンは火災後の入場規制、少し先が行き止まり。
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↓弁天堂の屋根の火炎宝珠・拡大
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園比屋武御嶽を見た後、2㎞東の弁ヶ嶽へ行った。
海抜167.5m、本島中南部でもっとも高い御嶽。
太平洋側の「大嶽」では斎場御嶽や久高島を遥拝、
西側の「小嶽」では、霊峰・弁ヶ嶽の頂上を拝する。


火災後ゆえか、長くお祈りする女性たちがいた。
石門は園比屋武御嶽と同時に同設計で築かれたと
いい、やはり、屋根を鴟尾と火炎宝珠が飾る。
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↓弁ヶ嶽の石門の屋根の火炎宝珠・拡大
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火炎宝珠は、正殿の唐破風(からはふ)でも、
ご存じ、美しい装飾の中心に燦然と輝いていた。
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↓唐破風の中央に描かれる火炎宝珠・拡大
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首里森御嶽はじめ主だった御嶽を飾る火炎宝珠
はどのような経緯で、王家より崇敬されたのか?
 ことに正殿→首里森御嶽→弁ヶ嶽は東西軸上にある。
 東西軸とは、春分・秋分の日の出・日の入りライン。

レイラインを引いたのは、歴代の琉球王なのか、
はたまた、琉球開闢神・アマミキヨなのか…?
(つづく)


ちなみに、首里森御嶽の屋根の装飾は、
首里城公園のサイトで確認することができる。
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by utoutou | 2019-11-08 11:05 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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