人気ブログランキング |

天孫氏は火の一族〈2〉宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)

首里天孫氏は識名にいたと語り部は言う。ただ、
それは「遺跡のある識名」という脈絡でのお話。
伝承を紐解くと、次のようになる。

「御先(うさち)の世、首里天孫氏は真和志にいた」
(※この場合の御先とは、ヴュルム氷期以前を指す)

真和志(ウチナー方言では「まーじ」)は、位置的
には現在の那覇市中心部。逆に考えれば、古代の
「真和志」は那覇全体を指していたのかもしれない。

王朝時代の那覇古地図。中央上(深緑)が真和志。
その北東に隣接する地域(薄茶色)が、首里城。
天孫氏は火の一族〈2〉宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)_a0300530_15541465.jpg





ところで、首里天孫氏はアマミキヨの末裔という。
アマミキヨ直系・ミントン家の伝承「如件」には、
「国王首里天孫氏」の項に、伝承が記されている。

〜天孫氏は阿摩美姑(アマミキヨ)の長男で、
代々、国王として琉球開発に念を入れて
二十五代までには部落も出来、道路も通じ、按司
もところどころに置いて太平の代であったよう
でありますが、逆臣利勇のために滅ぼされました。〜

天孫氏に続く次の王統が、源為朝の子・舜天を
初代王とする舜天王統(1187〜1259年)だと、
首里王府編纂の正史『中山世鑑』は記している。
正史なので、琉球・沖縄史の教科書も記している。


ところで、7年前、語り部に神託が降りた。
「真和志に宇摩志麻遅命がいた」と。そのことは、

古事記では、宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)、
日本書紀では、可美摩手命(うましまじのみこと)。
饒速日命の子、物部氏の祖とされる神。

そのウマシマジが真和志(まーじ)にいたという。
語呂のよいギャグのようでいったん戸惑ったが、
ややあって、語り部と真顔で話し合った。

「ウマシマジとは、ウマシ・マージのことでは」
「首里天孫氏に、渡来の物部が和合したのでは」と。

万葉集に、「うまし国ぞ秋津島」の句があった
 ように、古語で「うまし」は「美しい・立派な」。
宇摩志麻遅命の一族は、その真和志にいた。

では、何が美しく立派だったのだろうか?
 土壌だ。沖縄各地に見られる「島尻マージ」。
その赤土は古来、金鉱資源を含んでいたらしい。

ヤマトでは、
物部氏は、大物主神を奉じて産鉄族を統率した。
その原郷は真和志にあったと、語り部は視る。


真和志(まーじ)の一村だった識名には、いま
王朝時代の王家別荘で迎賓館だった識名園がある。
この現・地名もまた「真地(まーじ)」という。
天孫氏は火の一族〈2〉宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)_a0300530_16092957.jpg


by utoutou | 2020-01-12 16:41 | 天孫氏 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://mintun.exblog.jp/tb/239959179
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 天孫氏は火の一族〈3〉長髄彦(... 天孫氏は火の一族〈1〉 >>