隼人族は記紀の語る熊襲。元々はアタ族という。 沖縄には「アッチャー(渡る人)」という方言があり、 「海アッチャー」「島アッチャー」「唐アッチャー」 などと言うが、ひょっとするとアタ族が語源か…?? やはり気になるのは、アタ族が海を渡ったコース。 長江の南・江南にいた「閩越(びんえつ)」の民は、 武帝の漢に追いやられ、漂流民となった末に、 閩(福建省)から船出して、薩摩半島に着いた。 アタ族が、後に「阿多隼人」となる産鉄海人族 だったという説を前回紹介したが、しばし「鉄」の 話を横に置き、アタ族(閩越の民)の本拠地だった 閩江に近い都市・福州について、書いておきたい。 というのは、 現在の福州市は那覇市の友好都市となっている。 (↓地図は那覇市HPから拝借)。福州はおそらく 沖縄本島にいちばん近い大陸の港で、14世紀以降、 琉球から中国に朝貢するときの拠点となっており、 専用の施設である琉球館を置いていた時代もあった。 それもそのはずで、察度の時代に明の国から来沖、 「久米三十六姓」として活躍したのは閩人である。 千年以上の時を経ているので、閩越の民と閩人の 関係は不明だが、ともあれ閩の福州は名だたる良港 で、そこを拠点とした閩人は優れた海洋民だった。 (マルコ・ポーロがイタリアから黄金の国ジパング に来たとき、閩人の船に乗っていたという説がある) 「九面里に江南人の家あり」と琉球國圖(15世紀)は記す。 その久米の里の人々が崇めていた女神は ↓天妃だ。 さて、天妃とは、福建の母・媽祖(まそ)である。 別名は、娘媽(ろうま、にゃんま、のうま)とも。 日本では主に「にゃんま」と呼ばれてきたらしい。 娘媽(にゃんま)は隼人(アタ族)の崇めた神だ。 薩摩藩が編纂した『三国名勝図会』(1843年)の 27巻、薩摩国河邉郡「野間岳」の項に、解説がある。 (以下要約) ☆往古は笠砂岳と呼ぶ。山上に娘媽神女を祀る。 ☆山上には娘媽神社がある。 ☆娘媽と音が近いため野間岳という地名になった。 笠砂宮で、皇孫・邇邇芸命と結ばれた木花咲耶姫 (カムアタツヒメ)は、娘媽(航海神、弁天様、 製鉄の女神)を祀る神女。半島から南下してきた 邇邇芸命には大山祗族に婿入りする理由があった。 それは、「北の鉄」と「南の鉄」の融合だった…。
by utoutou
| 2020-01-26 20:16
| 天孫氏
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