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天孫氏は火の一族〈7〉瀬織津姫と住吉大神

長門国一之宮・住吉神社(山口県下関市住吉)へ。
和布刈神事を見た年の暮れ、福岡から行ってみた。
こちらでも、和布刈神社と同じ正月元旦の未明に
和布刈神事が行われる。ぜひ参拝したかった理由は、
『住吉大社神代記』の一文が気になっていたためだ。

廣田神社・神宴歌の項に、艶かしいくだりがある。
〜住吉大神と廣田大神は交親(むつみ)を成したまう。
墨江に筏を浮かべて渡っていらっしゃい、我が夫よ
…と、神宴歌は歌っている〜 つまり、広田大神こと
撞賢木厳之御魂天疎向津姫と住吉大神は一対神だと。

瀬織津姫の一対神とされるのは、天照大神(男神)
である。ということは、天照大神=住吉大神なのか?
などと新幹線車中で考えながら、下関へ向かった。


新下関駅からタクシー利用で10分かからずに到着。
関門海峡(早鞆の瀬戸)を挟んで和布刈神社と
向き合っていると思っていたが、海は見えない。
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和布刈公園(「現在地」の矢印)で見た地図を確認。
上の赤丸(加工)が住吉神社。新下関駅はさらに上。
帰りは試しに、関門橋を通って門司港駅へ向かった。
タクシー代は2700円。その距離は8㎞以上あった。
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住吉神社(住吉荒魂本宮)の第一殿に祀られるのは、
主祭神の住吉三神(表筒男命、中筒男命、底筒男命)。
つまり、住吉大神である。

日本書紀によれば、三韓征伐に向かった神功皇后に、
住吉三神が「我が荒魂を穴門の山田邑に祀れ」と
告げたのが創建の由緒。ここがその山田邑らしい。
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五連の破風が並ぶ本殿は国宝で、室町時代の建造。
第二殿に応神天皇が祀られ、第三殿に武内宿禰、
第四殿に神功皇后、第五殿に建御名方命。
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さて、関門海峡(早靭の瀬戸)を挟んで対岸の
和布刈神社(旧名は早鞆大明神=瀬織津姫)と
 同日に行われる住吉神社の和布刈神事(非公開)。
和布刈祭りの新聞記事を見ると、やはり壇ノ浦まで、
 松明行列で若布採りに行くのが恒例だったと分かる。

すると、若布を供える神は瀬織津姫と住吉大神
の一対神となり、秘祭のありようも納得できる。
ところが、いまもってあの謎は解けてはいない。
 
そもそも、いや、はたして、
住吉大神(三神)と天照大神(男神)は同神なのか? 

思い淀んでいたが、つい昨日、和布刈神事を書いた
自分のブログに、何かの拍子に行き当たった。
すっかり忘れていたが、こんなことを書いていた。

〜闇夜には、冬のオリオン座がよく見える。〜

そうだ。「住吉三神はオリオン座の神格化」と
 いう説に立てば、解けなかった謎は解ける。
 そのための鍵は、『おもろそうし』にあるはずだ。
つづく…。

by utoutou | 2020-02-06 12:14 | 天孫氏 | Trackback | Comments(0)
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