人気ブログランキング | 話題のタグを見る

天孫氏は火の一族〈27〉太陽神の御嶽

久高島の南西にある漁港。防波堤まで歩いて行き、
    対岸の斎場御嶽に沈む夕陽を眺めるのが、    
島にいるときの定番のコースになっている。

こちらは昨年7月24日。18時50分に撮った。
不思議な形で流れる雲に、沈もうとする夕陽。
 あのときまだ太陽神の御嶽について知らなかった。
天孫氏は火の一族〈27〉太陽神の御嶽_a0300530_10032058.jpg






さて宿に帰ろうと防波堤から振り向くと、漁港。
琉球王朝時代は、君の泊(ちみんとぅまい)と
 呼ばれ、聞得大君専用の港として使われたという。

その奥、写真ほぼ中央の御嶽が、アカララキだ。
「赤い月の女神」こと月神(マチヌシュラウヤサメー)
  の霊力(しじ)が感じられると、語り部は言う。
ヤマト神話では、大山祇神の妃・鹿屋野比売神。
天孫氏は火の一族〈27〉太陽神の御嶽_a0300530_10033491.jpg






5ヶ月後の12月24日、アカララキまで朝の散歩。
強い太陽光線に東の空が照り映えていた。
中央の小道を入り、左の小さな森がアカララキ。
天孫氏は火の一族〈27〉太陽神の御嶽_a0300530_10034720.jpg






漁港(写真奥、昔の君泊)からアカララキ(右)へ
「わいとぅい(掘削)道」のような坂を少し上がる。
  反対側(左)にも同じ構造の石段がある。一対の  
ようだが、ここも御嶽だったのか知る人はいない。
天孫氏は火の一族〈27〉太陽神の御嶽_a0300530_10040622.jpg






ちょうど前日、語り部が気になることを言った。
「アカララキの向かい側に何があるのですか?」と。

私に聞かないで神様に聞いてくれたらいいのにと
思いつつ、ちょうど島にいたので足を踏み入れた。
ここを通り抜け、ユラフマヌ浜で行われる害虫祓いの
年中行事・ハマシーグを見学して以来のことだった。
天孫氏は火の一族〈27〉太陽神の御嶽_a0300530_10044222.jpg




さらに5ヶ月経った先日、この林の奥に、
「太陽神の御嶽」があると、遂に語り部は言った。

きっかけは、島の友人・A子からの連絡だった。
「急に思い出したことがあって…。昔、
久高原(島の中央部の高地)に捨てられていた香炉
を見つけて、どこに置けばいいかと神人に相談して、
 アカララキの向かい側の林に隠したことがあった」

A子に写真↑を送ると、ここで間違いないと言う。
語り部にも送り意見を聞く。沈黙の後、言った。

「ここですよ! ここが、イリーウフヌシの御嶽」
「え? 西(いり)の大主(うふぬし)…??」
「太陽神の御嶽です」
「えっ、太陽神は陽の昇る東にいるのでは…?」
「そちらはアガリウフヌシ。太陽神は東と西にいる」

昇る太陽の神がアガリウフヌシ、
沈む太陽の神がイリーウフヌシ。
東と西の太陽神とは驚きだが、さらにまた驚いた。

「一族は二派に分かれて渡来したのだと思います」
「二派…とは?」
「メソポタミアのシュメールから渡来した一族は、
 チグリス川沿いとユーフラテス川沿いに住んでいた」
「ああ、だから、この島にユラフマヌ浜がある…」
「はい、ユーフラテス地方から来た一派が、ここで
 太陽神・イリーウフヌシを崇めたのだと思います」
つづく…。

by utoutou | 2020-05-23 10:10 | 天孫氏 | Trackback | Comments(0)
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

<< 天孫氏は火の一族〈28〉太陽神... 天孫氏は火の一族〈26〉アメノウズメ >>