伊和都姫は豊受姫で、大山祇神の長女・磐長姫。 また伊和都姫の母神は、大山祇神の妃・鹿屋野姫。 その鹿屋野姫は、当ブログに何度か登場している。 『瀬織津姫の不死山』では、大山祇神と鹿屋野姫は 稲作と醸造の技術を携えて渡来した一族の祖神で、 鹿屋野姫(瀬織津姫)は、かぐや姫のモデルと書いた。 コロナで渡航自塾となった今春は、久高島の神女 と連絡を取り合い、御嶽に鹿屋野姫の痕跡を探して 『イザイホーとカヤノヒメ』『赤の祭り』を書いた。 語り部は言った。琉球王朝期においても、 二ライ大主(ウフヌシ)こと太陽神の一対神は、 カナイ真司(マジカサ)こと月神だったと思うと。 ニライカナイとは、その一対神のことでもあった。 ところで、話は弥生時代の播磨地方に戻って…。 後の播磨国一宮・伊和神社(宍粟市)の祭神・伊和 大神(大名持神)について、謎めいた伝説がある。 『播磨国風土記』によれば、伊和の本来の地名は、 伊和大神がこの地で酒を醸し終えた故事にちなみ、 神酒(みわ)、あるいは、於和(おわ)だったと。 神酒と言えば、大和国一宮・大神(みわ)神社 の大物主神が「酒の神」でもあったことから、 伊和大神=大物主神=大山祇神は同神との説もあると。 大物主の一族が、大和地方から播磨に移住したのか? 初めて聞く話。調べて、なんだかちょっと仰天した。 同じ播磨地方に鎮座する日岡神社(加古川市)の 祭神・天伊佐佐比古の亦名は伊波都比古ともいい、 江戸時代までは「日向明神」とも呼ばれたという。 日向…ひむか…どこかで聞いた神名だ…。 そう言えば、大神神社の坐す三輪山山頂の磐座には、 往古、大物主神の子・日向御子神が祀られていたという。 が、最古の日神は、後の伊勢神宮の創祀で放逐された。 やはり三輪から伊和へ、一族の流れがあったのか? 日岡神社へは、今回の旅で、豪雨のなか参ってみた。 JR姫路駅から加古川駅で乗り換えて、日岡駅へ。 日岡駅から徒歩5分、交通至便だが参詣客はいない。 ![]() 参拝の後、広い境内を振り返って撮影。 こちらにも語り部の言う「神封じ」の〆鳥居が立つ。 そうか…。もしかすると、 この〆縄を張る結界の作り方は、大神神社の「巳さん」 こと大物主神(龍神)を封じる祀り方だったのでは ないかと一人で考えながら、しばらく佇んでいた。 ちなみに、ここは、ヤマトタケルの生誕地でもある。 ![]() 伊和都姫を祀る神社には、決まって〆鳥居があった。 その父神らしい伊和大神、その兄神らしい伊和都比古 を祀る神社にもあるとは謎だったが、↓ 大神神社と 同じ龍神系の神祀りだった…とすれば納得できる。 ![]() 鹿野屋姫からは少し話が飛んでしまったが、 私の見立てを、はたして語り部はなんと言うか…?
by utoutou
| 2020-11-01 11:49
| 天孫氏
|
Trackback
|
Comments(0)
|
![]() by utoutou
カテゴリ
全体 ミントングスク 久高島 イザイホー 玉城 語り部 城(ぐすく) 天孫氏 御嶽 スサノオ 出雲 神社 琉球の神々 伊勢 洞穴(ガマ) 龍蛇神 ヤマトタケル お知らせ 天女伝説 斎場御嶽 ナーワンダーグスク 石垣島 九頭龍 瀬織津姫 琉球の玉 舜天 琉球王 グスク・御嶽 最終章 第二章 縄文アマミキヨ 未分類 最新の記事
以前の記事
2026年 05月 2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 more... 画像一覧
最新のコメント
最新のトラックバック
検索
記事ランキング
ブログパーツ
フォロー中のブログ
ブログジャンル
外部リンク
ファン
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||