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天孫氏は火の一族〈80〉大和の曙

春分の日を過ぎた頃、あるいは旧暦・二十四節気
の清明(シーミー)に当たる頃、美具久留御魂神社
(大阪府富田林市)から望む二上山上に昇る朝日を、
人々が崇めたのは、いつの時代からだったのか?

4月8日の朝5時半。日が昇り始める20分ほど前に
 空を染めたドーン・パープル↓を見返しつつ思う。

神奈備山(真名井原)を背負うこの境内と、
二上山の間に、大和川の支流・石川が流れる。
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神社由緒には、「崇神天皇62年、山河を渡って
きた水泳御魂大神(龍神)を祀る」とあるが、
眼下の石川は、当時から流れていたのだろうか。

日本書紀には、石川が餌香(えが)川と呼ばれ、
大和川との合流地点・餌香に「市」があったとも。


時代はかなり下るが、河内国の絵図↓を見る。
国立公文書館デジタルアーカイブから拝借した
天保国絵図(天保8年)の「河内国」。

東(大和)から西(摂津)へと大和川が流れる。
大和との境界は「亀の瀬」、その西に、地図左下
の蔵王峠(↓印)を源流とする石川が流れ込む。

加筆した大黒丸が美具久留御魂神社、その東
の黒い三角が二上山。その南の三角が金剛山。
金剛山北東の黒丸が建水分神社(千早赤阪村)。
(加筆部分は、以上の5ヶ所)
天孫氏は火の一族〈80〉大和の曙_a0300530_08484579.jpg






建水分神社も、由緒によれば崇神天皇の時代に
創祀された。祭神は、天御中主神・国水分神・
天水分神・罔象女神・瀬織津媛神。

御祭神の神名が、縄文から弥生時代へ続いた
であろう「倭」から「大和」への曙を思わせる。

また何より驚いたのは、主祭神の天御中主神は、
なぜここに祀られたのか。過去ログ↑に書いたが、
古事記でも最初に登場するその神は、琉球古伝
に曰く、海人七氏族(セーナナー)の御魂であり、
太一であり、天帝であり、宇宙根源の大元霊神だ。


ちなみに神社入口に「右金剛山」の石標が立つ。
境内の奥へと進むと、金剛山の登山道に繋がる。
天孫氏は火の一族〈80〉大和の曙_a0300530_12081597.jpg





大阪府で唯一の村・千早赤阪村の「金剛山鎮守」
建水分神社(左)と楠木家氏神・南木神社(右)。
中央が金剛山への登山道、まさに鎮守の聖域だ。
天孫氏は火の一族〈80〉大和の曙_a0300530_12090859.jpg





金剛山の金鉱族であったろう「山の民」は、
石川の水運を担う「川の民」でもあり、山河と
大海を航った「海の民」でもあったのではないか。

こちら建水分神社には
祭神として、国水分神と天水分神が祀られる。
その違いは、国津神系と天津神系であるらしい。

しかし、かねてから語り部は、大和には、
「さらに古い、元津神系の一族がいた」と言う。
モトツカミ…本来の出雲族であり、古の倭族である。

一族の名は、「大和の曙」を招来した天孫氏。
天孫族ではない。天孫族が統一した大和王権の
の成立と入れ替わるように消えた古族がいた…?
 その仮説が、「河内国」へと短い旅に出た動機だ。




















































by utoutou | 2021-04-15 17:29 | 天孫氏 | Trackback | Comments(0)
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