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琉球国初代王・舜天〈11〉源為朝は隠された

玉城富里(南城市)のソントン伝説から窺われる
「源為朝が来なかった説」のどこが腑に落ちないかと
いうと、富里には「為朝を崇める拝所」があると聞く
 からだが、富里のソントン伝説に為朝は登場しない。

玉城グスク一の郭から奥武島を眺めたのは数年前。
奥武島橋の北西(写真右下あたり)一帯が、富里。
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為朝は琉球に来のか、来なかったのか、どっち?
ということで語り部にたずねると、即答があった。
「富里の伝説では、為朝を隠してしているんですよ」
「来なかったんではなく、隠している…なぜ?」

語り部は続けた。
「富里には、尚泰久王など第一尚氏のお墓があります。
第一尚氏王統が八幡信仰だったことは、最後の国王
 ・尚徳王の神名が八幡之按司だったことでも分かります。
 そして八幡神と言えば、源氏の守り神。源為朝は源氏。
  富里の伝えは為朝を隠しているとしか考えられません」

言われてみれば、確かに、
富里の近くには「あたん口」という阿多氏に所縁の
地もあったのだから、第一尚氏の王陵が首里池端町
の天山陵からここに移されたと言う経緯からは、
あたん口・阿多氏・ソントン・第一尚氏・八幡神
→「為朝は来た」という流れが、逆に導かれそう。


 第一尚氏王統最後の尚徳王が祀った安里八幡宮
 (那覇市)祭神は応神天皇、神功皇后、玉依姫命。
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為朝は隠されていると言う語り部は、以前の
 ブログにも書いた通り「為朝は来た」と視ている。

第一尚氏の末裔が源為朝の存在を隠した理由は、
為朝を琉球国初代王・舜天の父だと『中山世鑑』
に著した第二尚氏による、攻撃を恐れてのことか。

すると、次に、もうひとつの疑問が浮かんでくる。
第二尚氏の摂政・羽地朝秀による舜天物語が阿多氏
を隠したのには、では、どういう理由があったのか?


玉城富里にある番所公園。第二尚氏時代に、
玉城城にあった番所を移転させた場所という。
琉球国初代王・舜天〈11〉源為朝は隠された_a0300530_20244494.jpg




by utoutou | 2022-03-24 14:33 | 琉球王 | Trackback | Comments(0)
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