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琉球国初代王・舜天〈21〉阿多と鵜飼

長良川(岐阜県岐阜市)の鵜飼が3年ぶりに開催
されたというニュースを見た。1300年以上の歴史
 と伝統を誇るという長良川鵜飼小瀬鵜飼(関市)。

ふたつの漁場は、清流・長良川で繋がっている。
その源流は大日ヶ岳(岐阜県群上市高鷲町)という。

今年の2月末だった。長良川河口(三重県桑名市)で
伊勢湾から長良川へと、今年初めて遡上する稚鮎が
確認されたというニュースがあった記憶。つまり…
その鮎を獲る=解禁する初夏が訪れたというわけだ。


鵜飼の写真は、5月11日の岐阜新聞webから拝借
琉球国初代王・舜天〈21〉阿多と鵜飼_a0300530_11334110.png







長良川鵜飼と琉球国初代王・舜天。
いったいどう繋がるのかというと、阿多である。

前回も触れたが、阿多、阿太、阿田、吾田、熱海
や、足立、安達、愛宕…などの地名は、阿多隼人
に代表される古代海人族(黒潮の民)の関連地だと
いう説がある。それを借りれば、沖縄県国頭村の
安田(あた)や、北中城村の熱田(あった)や、
安谷屋(あだにや)なども、南薩摩の阿多郡にいた
 阿多一族の渡来地だったろうと、自ずと考えられる。


安田の海(写真は沖縄北部観光情報から拝借)
琉球国初代王・舜天〈21〉阿多と鵜飼_a0300530_13524704.png








言うまでもなく、舜天の父と伝承される源為朝
の舅が阿多忠景という伝承がある。ダブル伝承
で、ちょっと心許ないが、少なくとも為朝の船団
 を統率した有力な豪族はいたのだろうと考えると、
南宋貿易で南薩摩と琉球とを繋いで巨富を成した
阿多忠景の存在が浮上する。そのことは天孫氏
王朝時代をグスグ時代へと繋いだ舜天王統
(1187年〜)に窺える大陸性を、リアルに彩る。

 実際、
恩納村の熱田貝塚からグスク移行期の遺物が出た。

ところで、長良川にも阿多に関連する地名がある。
上流の旧・郡上(ぐじょう)郡白鳥町「阿多岐」。
 その地は、日本一の「郡上鮎」で有名だそうだ。

阿多族は鵜飼の祖であり、鵜養部だったわけだ
が、長良川で鵜飼を始めたのも同族なのだろう。

ところで、阿多忠景が、平清盛に圧迫されて逃亡
 を余儀なくされた原因は、他でもない宗との貿易。
 その南宗の首都は、臨安(現在の浙江省杭州市)だ。


まさにその「浙江省=揚子江の南」では。古来より
鵜飼が盛んで川や運河には多くの技能者がいたという。

(「中国鵜飼の分布」は可児弘明氏・著『鵜飼』から
  拝借。斜線部分がそれで、杭州市の赤丸は加工した)
琉球国初代王・舜天〈21〉阿多と鵜飼_a0300530_17341918.png





   鵜飼の習俗は、長江の下流から東シナ海を横断して、
  薩摩半島の阿多地方に伝わったと考えられる、と、
  谷川健一氏は、著書『日本の地名』に記している。
  阿多は、鵜飼の技術を携えて来た一族だったようだ。











by utoutou | 2022-05-15 04:52 | 琉球王 | Trackback | Comments(0)
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