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琉球国初代王・舜天〈25〉源為朝の仮面

安里八幡宮(那覇市安里)に参拝したのは、4月
の旅の何日目かの朝8時過ぎのことだった。
新都心おもろまちに立つタワマンを背負うように
して南面する社殿。向かって左手にある保育園
 の園庭と境内が一体化している町中の八幡宮だ。
琉球国初代王・舜天〈25〉源為朝の仮面_a0300530_13110587.jpg







国際通りの先の突き当たりにあたる安里三叉路の
スーパーを回り込むように進むと、正面に見える。
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境内から振り返ればこんな景色。昔の真和志村安里
のここが丘陵地だったと分かるアングル。琉球王朝
時代までは、眼下に安里川が流れていたという。


1466(尚徳6)年の創祀。琉球八社の一社だが、
他の七社が熊野権現を祭神としているのに対し、
こちらの社は八幡社として応神天皇、神功皇后、
玉依姫を祀る。社殿は沖縄戦で消失、再建された。
琉球国初代王・舜天〈25〉源為朝の仮面_a0300530_13181395.jpg







八幡宮には、源為朝の仮面の伝えがあったという。
伊東忠太氏・著『琉球』によれば、為朝の仮面
を神体として祀ったのは舜天の後裔だが、いつの
頃か、薩摩の僧侶が持って行ったのだという。

そもそも仮面は、父・為朝が去った後、舜天が
父を慕って泣くので、側近が仮面を作って慰めた
のだと伝わっている。それはあまりに恐ろしい顔
 だったというから、鬼の形相の仮面だったのか。

先祖の顔(御魂)を仮面に移して社殿や神屋に
祀る風習が、琉球にあったということのようだ。

第一尚氏の尚徳王の創建した八幡宮に、琉球国
初代王・舜天の父である為朝…つまりの王家の
 先祖の仮面が神体となって祀られていた伝承は、
 ミントングスク(南城市玉城)を彷彿とさせる。


琉球の始祖・アマミキヨの住居跡と伝わる
 ミントングスクには、その仮面が祀られている。
2022年2月、ソントンの御嶽に近いグスクに
 参拝した際も、アマミキヨの仮面(左)を確認。
琉球国初代王・舜天〈25〉源為朝の仮面_a0300530_13550282.jpg







ミントンの名の由来は「明東(ミンドゥン)」と
 する一方、「面殿(メンドゥン)」だとの説もある。

 先祖の御魂を崇めるのが神屋、それが殿(トゥン)。
同じ信仰は、鹿児島県の南部にあったという。
同じ系統の神祀りのように、どうも感じられる…。





by utoutou | 2022-06-05 20:22 | 琉球王 | Trackback | Comments(1)
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Commented by utoutou at 2022-06-06 20:51
> 匿名さん
こんばんは。そうですね、存じています。
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