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琉球国初代王・舜天〈26〉アマミキヨの神面

現在も、ミントングスク(南城市玉城)の神壇
に祀られるアマミキヨの神面は、ハチブラーとも
呼ばれる。それは鬼の面ともアマミキヨの顔とも、
またミントン家の先祖の顔とも伝わってきたという。

2009年に復元され祀られたアマミキヨの神面
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 今次の戦争で焼失したアマミキヨの神面
島袋源一郎著『伝説補遺沖縄歴史』(1952年)
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2009年に神面を復元した仏師のNさんが資料と
 した鎌倉芳太郎氏『鎌倉芳太郎資料集』の作画。
 村芝居では、左右の穴に角を付けて用いたという
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ちなみに、
そもそもアマミキヨがいつどこから来たのかに
 ついては諸説あるのみ、未だ確たる情報はないが、
神面については、ある人は土(粘土)で出来ていた
と言い、またある人はアマミキヨが自ら型を取り
ながら作ったので土製だったが、長い年月を経て
 からは、木(デイゴ)を使って作り変えたと言った。

琉球王朝時代や明治・大正時代になってからも、
何かの祝宴があれば、村人がアマミキヨの神面を
 被り、村芝居をしたという話は、近年まであった。
神面は、いわば神楽の聖なる小道具でもあった。


アマミキヨの神面の話をあれこれと聞いたのは、
2009年5月のある夜、ミントングスクで行われた
神面のお披露目会に居合わせていたからだった。
琉球国初代王・舜天〈26〉アマミキヨの神面_a0300530_13504926.jpg








戦争で焼失してしまった神面を、有志の方たちが
復元し、奉納式と舞踏発表を行ったときのことだ。
仮面復元を発案した仮面研究家Sさんは、その文化
 の源流は南方アジアにあると言っていたと記憶する。

神面を崇める風習を、琉球は南薩摩との間で古く
から共有してきたのだろうと気がついたのは、昨年
の秋、霧島神宮に初めて参ったときのことだった。

薩摩には、
仮面を神として祀る仮面信仰が根づいている。
霧島神宮には、「メンドン(面殿)マワリ」という
祭りがあったと知った。猿田彦命の仮面を厨子に
 納めて斎主が背負い境内を祓い清めて廻ったという。

メンドンは、面殿。ミントンも、面殿。
神面を背負ったり顔に被ったりと様式は違うが、
先祖の御魂を仮面に移して崇める風習は同じだ。


 霧島神宮には、古くから九面信仰なるものが
 あり、縁起がよいと九面鈴のお守りもあった
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こちらは、絵馬に描かれた猿田彦命の仮面。
先住族の王の仮面は、特に神王面と呼ばれる
琉球国初代王・舜天〈26〉アマミキヨの神面_a0300530_14002559.jpg







ところで、薩摩硫黄島にも、
無形民俗文化財のメンドンという仮面祭がある。
硫黄島は、またの名を鬼界ヶ島ともいい、あの
源為朝と共に琉球に渡来したとも言われる阿多
忠景が逃亡した島とも、久しく伝えられている。

源為朝が琉球を去った後、舜天のためその仮面を
 祀ったのは、阿多忠景ではなかったかと思うのだ。
















by utoutou | 2022-06-10 06:49 | 琉球王 | Trackback | Comments(0)
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