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グスクの時代〈13〉アシムイの神々

沖縄本島北端・国頭村にあるアシムイの御嶽は
辺戸御嶽とも呼ばれ、南の方向から、シノクセ、
アフリ、シジャラ、イヘヤと呼ばれる4連峰から成る。
私たち参拝者が登るのは、いちばん南のシノクセだ。

アシムイの御嶽は、「琉球開闢七御嶽」のはじめ
とされるが、正史『中山世鑑』では九御嶽のはじめ。
いずれにしても開闢第一の御嶽というのに違いない。

 昔々、天帝が阿摩美久を召し出して仰せになるには…
 と『中山世鑑』の「琉球開闢之事』の条は始まる。
 島造り国造りの神・阿摩美久が造った聖なる御嶽と。
  王朝時代は子孫繁栄、五穀豊穣、航海安全を祈った。
 
アフリの御嶽の頂上近くには隕石伝説もあるという。
 それは金星から落ちてきたと伝わる、と、語り部。
この地球や太陽系や宇宙を強く感じさせる隕石伝説。
沖縄では、星の落下地点を星窪(ふしくぶ)と呼ぶ。

高い波動やエネルギーに隕石も引き寄せられたのか?
 詳しくは一緒に登るときに現地で聞くことになった。


ところで、アシムイの御嶽の頂上にある拝所。
その先の山が、向き合った瞬間から気になっていた。
御嶽か。何という山か。あのとき、そう言えば男性の声
が聞こえてきた。すぐ下に国定公園大石林山が広がる。
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祠の横にカメラを動かすと、もうひとつ山が見えた
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左が御嶽を拝む祠。中央の登山道(終点)を挟み、
 さらに右にも祠が立っている。こちらは北向きだ。
祠の神名札には「子之方天軸男神」「大宇宙神」と。
合掌すると、その先は「子(北)の方(にぬふぁ)」
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つまり↑左の祠は北西か北北西に向かっているという
ことになるが、あの日、語り部に聞いた話を思い出す。

「昔アシムイの御嶽へは大石林山側から登ってました。
西海岸の茅打ちバンタの近くに細い道があったのです。
イヘヤとシジャラの2つの山は大石林山の側にある」
 
ということは…↑拝所の祠から拝む山はシジャラか。


 辺戸岳は、宜名真と辺戸という2村に跨っている。
いまは大石林山のある宜名真から見ると、連峰は
 まるで神様が両手を広げる姿に感じられるという。
 いっぽう辺戸から見る姿は↓その逆で背面となる。
グスクの時代〈13〉アシムイの神々_a0300530_13294915.jpg









私が聞いた声は、表側…おそらく、大石林山の最高
地点となる展望台で話すガイドさんのものだろう。

 国土地理院地図での辺戸岳。まるで天空からの眺め。
我々が登ったシノクセの御嶽は、△248m付近だ
グスクの時代〈13〉アシムイの神々_a0300530_07403222.png









こちらはアフリの御嶽の頂上に東向きで立つ石碑。
「御天卯之大神」とある。卯=東方(うまぬふぁ)
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さて下山…という頃、午後2時すぎに見上げた空。
雲が三筋に分かれ、ふと、日月星の信仰を思ったり。
古来、日月星々と森羅万象を司った女神と語り部が
 視る琉球の瀬織津姫こと御天母親加那志を感じたり。

北方から渡来した海人集団はどんな神を見たのか?
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by utoutou | 2023-04-07 11:49 | グスク・御嶽 | Trackback | Comments(0)
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