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グスクの時代〈14〉新旧アマミキヨ

1971(昭和46)年、51年前のきょう4月7日。
 琉球新報に宇佐浜貝塚・発掘調査の報告が載った。
1956年から始まった調査の第4次に関する記事だ。
見出しは「アマミキヨ北部から上陸ほぼ2300年前」
 
 アシムイ御嶽の頂きから見渡す宇佐浜遺跡周辺。
宇佐浜遺跡は標高50mの段丘上に位置している
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 記事によれば新たな住居跡や炉跡が発掘されたこと、
過去3回の発掘によって奄美大島の宇宿遺跡と同様の
遺物が出土していることから、「沖縄に農耕文化を
もたらしたアマミキヨ族の最初の上陸地と思われる」
と。「北部から上陸」と記事は辺戸を強調している。
グスクの時代〈14〉新旧アマミキヨ_a0300530_12400452.png








これまで何度か記事コピーを読んだのだけれど、
改めて読むと、内容はいわば二部構成になっており、
後半は、南城市大里村字稲福のイーヌガン遺跡に
ついてという内容。そのため見出しは、↓こうだ。
「(※本島の)北と南で沖縄古代人住居跡の発掘」

後半のその内容に、かなり目が釘付けになった。

宇佐浜遺跡と同時期に行われた調査で発掘された
稲福遺跡の住居跡について、調査団のリーダーは、
「9〜14世紀のものと思われる」とコメントした。

稲福遺跡は宇佐浜遺跡より1000年以上も新しい、
いわばグスク時代の遺跡な訳だが、こちらも、
「アマミキヨの住居跡」と括られていて目から鱗。

さらに目を引かれるのは、住居の形式が「竪穴式では
なく、約4m円形の平地住居と思われる」との記述。
「付近からは、鉄のヤジリ、陶磁器、獣骨、炭化米、豆
などが見つかっている」という部分にも…。

円形の平地住居、陶磁器、獣骨…とても大陸的な遺跡
感じるが、この戦後まで稲福遺跡には「ソントン」
 と刻まれた石が祀られていたと、語り部に聞いた。
ソントンとは、「琉球国初代王・舜天」の別名だ。

沖縄本島の北と南から出た新旧アマミキヨの痕跡。
それは、アマミキヨ族が繰り返し渡来した証しか?


宇佐浜遺跡のある辺戸集落には、舜天の孫にあたる
義本王の墓がある。すべてが何かで繋がっている?
グスクの時代〈14〉新旧アマミキヨ_a0300530_12041344.jpg


by utoutou | 2023-04-07 21:08 | グスク・御嶽 | Trackback | Comments(0)
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