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辺戸岬の御嶽廻り〈1〉再びアシムイへ

安須森(アシムイ)の御嶽。またの名を辺戸御嶽。
琉球王朝の歴史書では、「琉球開闢の御嶽」の第一
に挙げられたが、その麓、辺戸集落の人々にとって、
「アシムイの神は祖神である」と伝わるという。
逆に「アシムイの神の子孫」が住うのが辺戸集落だ。

前回の辺戸御嶽参りから1ヶ月あまり。
次はぜひ語り部と、と計画してこのたび実現した。

ガイドブックには載らないカミンチュの御嶽廻りは、
想像をはるかに超え、とても深い時間旅行となった。

カミンチュにとって神様への挨拶には順序がある。
語り部は、その通りに辺戸を案内してくれたが、
 ここでは私の疑問が晴れたインパクト順に記録する。

アシムイノマクは、いつの時代にできたのか?

集落下の宇佐浜遺跡は1世紀だと考古学は言う。
古渡のアマミキヨが、海上から見晴るかす辺戸岳
を目安に南下、琉球の島々の最北・宇佐浜に着いた。

ではそれ以前、アシムイの山に人はいなかったのか?
という疑問に、辺戸へ向かう道々語り部は答えた。
「最初のアシムイノマクは、反対側にありました」

今回の御嶽廻りのなか、初めて
辺戸岳の東、辺戸集落からアシムイの御嶽を見る。
左からシノクセ、アフリ、シジャラ、イヘヤ。
昨日、再び登ったのも左端のシノクセ。ただし、
旧来の登り口は「反対側」つまり大石林山側にある
辺戸岬の御嶽廻り〈1〉再びアシムイへ_a0300530_05204846.jpg








登り口の場所に関して、詳しくは書けないけれども、
アシムイの御嶽へのカミンチュ・ルート。その
登り口の先、洞穴のある拝所でまずは挨拶する
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坂を5分ほど登ると、「アシムイノマク」に着いた。
シノクセの山中。現在の辺戸集落から見上げたあの
アシムイの御嶽に、最古の集落跡があったという。

何と聞けばよいのか戸惑いつつ…聞いてみる。
「いまの辺戸集落は何番目のアスムイノマクですか?」
挨拶を終えた語り部は、言った。
「三番目だと、私は思います」
「宇佐浜遺跡の紀元1世紀よりも前なんですか」
「はい、そう伝わっています」
辺戸岬の御嶽廻り〈1〉再びアシムイへ_a0300530_05205908.jpg





歴史や遺跡や遺物の語らない、カミンチュ直伝の
琉球開闢の物語は、天地開闢のときにまで遡る。
この地点から、シノクセの頂上まで30分。
登った先に広がっていた景色は意外にも…。
つづく








by utoutou | 2023-04-24 12:24 | グスク・御嶽 | Trackback | Comments(0)
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