鹿児島神宮(霧島市隼人町内)境内の高千穂宮跡 近くに坐す卑弥呼・卑弥弓呼神社について記した本 『卑弥呼神社』(昭58年刊)が、古書店から届いた。 著者は、 鹿児島県考古学会会員で医学博士の松下兼知氏。 大隅・曽於地方(現・曽於市)出身とのことだ。 「はしがき」で、卑弥呼神社を創祀した経緯を読む。 「邪馬台国の所在地は南九州」と確信した氏が、 『精神医学的に見た邪馬台国論』という本を出版した ところ意外にも反響があり、各地から資金が集まり、 昭和57年、卑弥呼神社を建設するに至ったという。 鹿児島神宮の境内にある卑弥呼・卑弥弓呼神社。 霧島市観光協会サイトから拝借。サイトによれば、 境内ではなく高千穂宮跡に続く散歩道に、とのこと ![]() つまり鹿児島神宮の摂社・末社ではないようだ。 が、本の第1章「卑弥呼神社の由来」は衝撃的だ。 (以下要約) ☆卑弥呼神社は皇大神宮大宮(※伊勢神宮内宮) を模して鹿児島神宮の敷地後方500坪の地に建てた。 ☆昭和57年、鹿児島県国分市に坐す伊勢神社にて 天照大神の入魂式を行い、創祀を文化庁に届け出た ところ、伊勢神社の末社として卑弥呼神社を運営 するのがよいという指導を受けた。 ☆そもそも伊勢神宮は中村徳五郎著『皇大神神宮史』 によれば、崇神天皇が現鹿児島県川内市の新田神社の 中ノ陵から卑弥呼の遺骨を宮中に留めた後、天照大神 としてヤマト笠縫村に遷座、垂仁天皇の皇女である 倭姫が、伊勢の五十鈴川のほとりに鎮座させたこと から内宮と称せられた。卑弥呼は天照大神である。 面白い、ただし、頭が混乱したm(__)m この本には 狗奴国の男王「卑弥弓呼」についての記述は少なく、 なぜ卑弥呼神社に卑弥弓呼の神名が加わったのか? という疑問は解消されないまま、読み終えたのだった。 ともかく、著者・松下氏の邪馬台国論から紐解けば、 卑弥呼の居城は、現・国分市隼人町の姫城(ひめぎ)に あり、その北に奴国に至るまでの21国を領有していた。 『魏志倭人伝』曰くの奴国の南に位置する、卑弥弓呼の いた狗奴国は肥後(現・熊本県)の地にあったと記す。 「邪馬台国、南九州説」に基いて卑弥呼神社があると。 ところで、 『皇大神神宮史』には、卑弥呼の遺骨は新田神社の 中ノ陵にあったというが、調べてみると、現在、 そこに祀られるのは、ホノスセリノミコトという。 語り部の見立てでは、狗奴国王・卑弥弓呼の祖先。 卑弥呼と卑弥弓呼は、同じ墓に葬られていた可能性? まさか…つづく…。 ![]() 薩摩川内観光協会物産サイトから拝借↑「新田神社 にある陵の位置図」と↓「ホノスセリノミコトを祀る 中陵(中のみささぎ)。ここには、卑弥呼の墓が あったと『卑弥呼神社』の著者・松下氏は紹介した ![]()
by utoutou
| 2023-08-31 20:40
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