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琉球玉依姫〈26〉その神は龍王

北宋で生まれた航海の守護神・媽祖。その元神
 となったのは? と、語り部に問われて考えた末、
辿り着いたのは、宋人の祖・閩越(びんえつ)の
 民が紀元前から崇めたという「龍蛇神」だった。

あの『魏志倭人伝』が記した日本の倭人の特徴…
漁と水稲稲作をする生活・龍蛇信仰・航海・持衰
・断髪・鯨面文身・貫頭衣・ヒコヒメ制などは、
そのまま江南地方の古い習俗と一致するという。

琉球の龍宮(ニライカナイ)信仰にも相通じる
 閩(福建省の長江下流域)での蛇トーテム崇拝は、
海洋貿易が一層盛んとなった宋代から、次第に、
霊験あらたかな航海守護の神像を祀る媽祖信仰へ
 と変容を始めたのではないかと、考えるに至った。


波の上宮(那覇市若狭)の崖下(左奥)で海に
向く拝所は、ニライカナイ(龍宮)と呼ばれる
琉球玉依姫〈26〉その神は龍王_a0300530_07360302.jpg







上の写真は、
波の上橋から撮影。現在波の上ビーチリゾート
なっているのは埋立地。それがなかった時代には
慶良間諸島の浮かぶ東シナ海を龍宮として拝した
琉球玉依姫〈26〉その神は龍王_a0300530_07404807.png








波の上宮から徒歩3分。天尊廟・天妃宮には、
龍王殿がある。当初は仲三重城にあったが、
王府時代の間に上天妃宮前に移転したと伝わる。

『琉球国由来記』によれば、風雨の神でもあった
龍王を航海者は必ず参拝した。また『球陽』に
よれば、雨乞いの儀式では龍王殿に参拝後、
龍王像を久米村の爬竜船に乗せて豊見城城下
まで行き、さらに降雨を願って祈祷したという
琉球玉依姫〈26〉その神は龍王_a0300530_07360662.jpg






豊見城(とみしろ)と言えば、その市内に保栄茂
(びん)という土地があるが、一説に閩(びん)を
語源とするともいう。また、上の地図に見える
 那覇港に注ぐ国場川の支流には寧波川(ねはがわ)
がある。浙江省にある寧波(ねいは)は、紀元前
 473年に越王が呉を征服した頃からの港湾都市。
時代は下り、寧波は宋船の発着港でもあった。

いっぽう、
国場川の上流域にある島添大里城の御嶽では、
神屋の中央に「宋の銅鏡」が祀られている。

媽祖、宋、寧波、閩(保栄茂)、そして龍神。
閩と琉球の関係は、久米三十六姓の渡来より
遥か昔、越の興る弥生時代から深かったのでは?
  東シナ海を渉る海洋民は既に存在したと思うのだ。



by utoutou | 2024-07-09 21:22 | 最終章 | Trackback | Comments(0)
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