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琉球玉依姫〈41〉尾張名古屋へ

10月初旬に沖縄から帰った頃、語り部は言った。
「川で鵜が泳ぐ姿は、龍神様に似ていますね」
「確かに。首が立っていて、似ていますね」
いまなぜその話題 ? とは聞かなかった。ひとりでに、
あの息絶えたヤマトタケルが白鳥になり飛び立つ神話が
 思い出され、それなら龍神を白鳥に見立てることも、
 古代の海人族はしていたかもしれない…と思う。

長良川の鵜飼は、中国の江南から渡来した阿多族が
始めたという話を過去ログ「阿多と鵜飼」に書いた
 ことがある。そこで阿多は熱田に繋がるとも。
 あのとき、本来の鵜飼は神事だったのだろうと感じた。

1年ぶりに熱田神宮へ参ろうと思ったのは、そんな
 わけで、電話口で聞いた語り部の一言がきっかけだ。


11月末の日曜。三連休の中日でもあり、熱田神宮は
七五三やお宮参りの家族連れが多くて華やかなムード
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お参りは混雑もなく、ふと龍神が舞う気配を感じた。
尾張名古屋へは、龍蛇神を崇めた古代海人族の姿を
求めて来たのかもしれない、などと思ったりもする。

草薙の剣を祀った宮簀媛、その兄でヤマトタケル
の副将だった建稲種命に繋がる尾張氏の痕跡を…
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熱田神宮の祭神は、熱田大神。相殿には天照大神、
素戔嗚尊、大和武尊、宮簀媛命、建稲種命。
別宮・摂社・末社を合わせると45社を祀るという。
摂社・上知我麻神社と下知我麻神社は是非にと思う。
宮簀媛命・建稲種命の親神が祀られているのだ
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本殿の近くで神職の方に、上知我麻神社の位置を
訊ねると、南を指差し「鳥居を3つ潜った右手です」
と教えてくださる。いま赤矢印を付けた神社がそこ
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上知我麻神社に着いた。ここは摂社というより、
 地元の産土神社という趣。知我麻(ちかま)は、
千竈。つまり「千の塩竈」の意味という説がある
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祭神の乎止興命(おとよのみこと)が、宮簀媛命と
 建稲種命の親神なら、先住海人(神)族の首長なのか。
 ここは熱田神宮でもっとも古代の海岸に近い場所である。






by utoutou | 2024-11-26 20:49 | 最終章 | Trackback | Comments(4)
Commented at 2024-12-02 22:52
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by utoutou at 2024-12-05 10:37
> nemeron1445さん
こんにちは。久高島と玉泉洞・ガンガラーの関係をお知りになりたいのでしょうか?
玉泉洞のある玉城と久高島(どちらも南城市)はアマミキヨの始祖伝説を共有していますから、もちろん関係があります。まずは南城市役所で発行している「たまぐすくの民話」や「御嶽」などの本をお読みになってはいかがでしょうか。検索でしたら、「玉泉洞 追跡アマミキヨ」のワードでは出ないと思いますが、例えば「縄文ベンガラ 追跡アマミキヨ」などですと、ブログ中でも関係を紐解く緒が見つかるかもしれません。答えになっていないかもしれないですね。
Commented at 2024-12-05 14:15
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by utoutou at 2024-12-05 21:25
> nemeron1445さん
そういうことだったのですね。玉泉洞と久高島は洞(ガマ)で繋がっていたのだろうと、私は考えています。その地下世界は龍宮の大きさを表すのかもしれません。おきなわワールドは観光施設ですが、洞の地質をリアルに感じられます。久高島の洞にも辿り着けるとよいですね。
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