![]() ![]() 振り向けば神宮の西の伏見通り(国道19号線)。 江戸時代佐屋街道は東海道の脇道として賑わった ![]() 再び振り向くと、とても丁寧に拝礼する人たちが。 そのとき、ふとこんなことを思った。 祭神の真敷刀俾尊は宮簀姫の母というが、 この地に先住した首長の家系だったのではないか。 宮簀姫の父で、上知我麻神社の祭神・乎止与命 (おとよのみこと)は、たとえば婿入りするかたちで いわゆる政略結婚をしたなら、一対神ではあっても、 離れて祀られるというかたちが納得できる気がする ![]() 尾張の旅から、かれこれ2週間近く経とうとする 今朝、またふと真敷刀俾尊を思い出し気がついた。 上知我麻神社は、熱田神宮本殿の奥に向いている!? 奥には一之御前神社が坐す。祭神は天照大神の荒魂 (瀬織津姫)。下知我麻神社はその少し南西に位置する。 ※地図は神宮サイトから拝借。左上の赤矢印は加筆 ![]() 語り部はかつて、一之御前神社に「超縄文の女神」 を視ていた。そのブログに綴った会話を思い出す。 一之御前神社は実は陵(みささぎ)だった ?という 話の流れで、謎解きをしていた(※以下コピペ)。 「陵の主は、宮簀姫の父・乎止与(おとよ)命?」 「はい、尾張の一族の長だと思います」 「では、熱田大神は天照大神のことではなく、 尾張氏の祖神・火明命となるのでは?」 「いえ、どうもそれも違うと思うんです。 熱田から北へ行った方向が気になります」 「まさか、飛騨高山…超縄文の女神ですか?」 「はい…」 つまりこういうことか ? と、いまは思う。 超縄文の時代から、飛騨は日高見の国だった。 真敷刀俾尊(マシキトベ)は、日高見の女神の末裔。 東海のこの熱田台地も日高見の国だったのではないか。 推理つづく…。
by utoutou
| 2024-12-15 14:43
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