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南島の瀬織津姫〈3〉降臨した三女神

弁財天は聞得大君の先祖』というブログを書いて
から10年が経つ。ヤマトから琉球に降臨したという
 三女神の伝承で、二説ある(以下ブログ一部コピペ)。

その1(1700年頃の『君南風由来記』より)
〜神代に三姉妹の神女が降臨した。
長女は首里の弁が岳に降り、
次女は久米島の東嶽に降りたが、やがて
八重山の於茂登岳(写真 ↓ )に移り住んだ。
三女は久米島の西嶽に住み、君南風になった。〜
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その2 神女たちによる民間伝承
〜尚真王の八重山征伐(オヤケ・アカハチの乱)
のときに神託あり。ヤマトから三姉妹が来たが、
その正体はスサノオの姫たちなのか、
豊後海部の日巫女三姉妹なのか、はたまた、
宗像三女神なのか、はっきりとはしない。
とにかく長女は弁が岳( の現在写真 ↓ )に降り
立ち、また次女は八重山の於茂登岳に、
三女は久米島に降りられた。そのなかで、
いちばん霊力高(しじだか)だったのは、
久米島の君南風になられた三女。
海の上を草履履きのまま歩き、呪術をよく使った。
君南風が一振りすれば、風が舞い、火が起きた。〜
南島の瀬織津姫〈3〉降臨した三女神_a0300530_13532249.jpg






あのとき、語り部は、
「君南風は市杵島姫命のことでしょう」と言った。
ただし、三女の神伝承(上の赤字部分)だけでなく、
時代が変われば別系統の三女神も渡来した可能性が
あると。何しろ海神族は移動する民ですから、とも。

ときが経ち、その新たな三女神が気になるらしい。
「辛島氏」という降りてきたワードがそうさせたか。

語り部は言った。
「琉球降臨の三女神には大山祇神の姫たちもいますね」
え、そうなんですか? 突然の話なので聞き返す。
「でも、大山祇神の姫はふたりじゃなかったですか?」
「そうです。木花咲耶姫と磐長姫ですよね。ただし…」
「ただし…?」と私。
『古事記』ではスサノオの妃となった神大市姫がいた」

神大市姫(かむおおいちひめ)は、
大山祇神の娘で、スサノオの妻となったという神話。
なんと『日本書紀』と『古事記』の世界線が交錯
 する、というか併せて捉えるならば確かに三姉妹だ。

でも…と、聞いてみる。
「大山祇神と、琉球に関係があるらしい秦氏の辛島氏
とは、どこでどんなふうに結びつくんですか?」

語り部は言った。
「三姉妹の母、つまり大山祇神の妻は茅野姫です。
茅野姫は、伽耶の姫だったのだろうと思います」

1〜6世紀ごろ、朝鮮半島南部に伽耶と呼ばれる国々
があったという。が、最終的に新羅に滅ぼされた。
新羅にいた亡国の民・辛島氏(秦氏)と、滅亡した
伽耶の姫を娶ったと、語り部が視ている大山祗神。

東シナ海を海神族が縦横無尽に航海したであろう当時、
民の崇める神々は琉球へ、何度も降臨していたのだろう。
その活況をヤマトの正史は活写しようとはしなかった。
つづく…。


by utoutou | 2025-03-09 19:56 | 最終章 | Trackback | Comments(0)
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