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南島の瀬織津姫〈26〉徐福の痕跡

「ミントングスクは殿(とぅん)のはじまり」
という古来の伝承があるが、その意味について、
「明東(ミントン)天孫氏=徐福」の渡来が、
琉球の島々における殿(神殿)の起源となった
ということだと、語り部は言う。

ミントングスクは城ではなく、古来の聖地だ。
アマミキヨ・シネリキヨの墓があるほか、境内
 の計6ヶ所に祖先の「御骨」が埋葬されている。
 祖先と言っても、神代まで遡るのだから神である。

「ミントンは殿のはじまり」ということは祖先神
 を祀る御嶽に、お堂を設えたということだろうか。
ただ、現在のミントングスク↓にその痕跡はない
南島の瀬織津姫〈26〉徐福の痕跡_a0300530_10134724.jpg








そんななか最近ふと、こんなことも思う。
と題したのがあり、そこでは開闢伝説を紹介した
が、「ミントングスクの開闢は一度だけではない」
とも語り部は言った。アマミキヨは何度も来たと。

そのなかのひとり・徐福は斉の国の方士だった。
渡来して祖先を祀るため明堂(みょうどう)を
ミントングスクに設え、そこで司祭した、
初めてのアマミキヨだったということになるか。

いっぽう最近、「アシアゲ跡」という場所が
ミントングスクにあったことも、思い出した。
大正15年にミントングスクを訪れた鎌倉芳太郎氏が
描いた図に、「アシアゲ跡」と(※赤矢印加工)。
これこそ、ミントンに殿があった痕跡なのかも?
南島の瀬織津姫〈26〉徐福の痕跡_a0300530_10185186.png







「アシアゲとは何のことでしたっけ?」
語り部に電話すると、間髪入れずにこう言った。
「神アサギ、殿のことですよ。神が降りる神殿」

沖縄本島北部にいまも残る神アサギは有名だが、
南部のミントングスクが発祥の地だったとは…。
※神アサギの写真は海洋博公園サイトより拝借
南島の瀬織津姫〈26〉徐福の痕跡_a0300530_09415715.jpg








ちなみに、沖縄大百科事典では、神アサギを
神アシャギとして記し、次のように解説している。
(要約)
・村々で神を招聘して祭祀を行う場所
・建物は壁のない四柱造りの竹茅葺き屋根だった
・『琉球国由来記』では「神アシアゲ」と記す
・沖縄本島では神アサギ、奄美諸島では神アシャゲ
と称される。殿と呼ぶ地域もあるが、異名同義
・沖縄本島南部に神アシャギの呼称が僅かに見られる


アシアゲ、神アシアゲ、神アシャゲ、神アシャギ。
いずにしても、それは殿、つまり神殿だ。
神が降りて宿る祀堂は徐福の国・斉にあったのか。
そこが新たなる謎…。

神の島・久高島の祭祀場である
御殿庭(うどぅんみゃー)の中央にある久高殿
は、神アシャギ(はんあしゃぎ)と呼ばれる
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by utoutou | 2025-11-15 20:17 | 最終章 | Trackback | Comments(2)
Commented at 2025-11-25 22:26
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by utoutou at 2025-11-30 10:10
> 匿名さん
こんにちは。鷹の羽紋については書いたことが何度かありました。
例えば下記のブログは、久高島にあるウッチ小という聖地に残る旧家名と隼人や阿蘇との関連を推察したものです。
隼人の渦巻き
https://mintun.exblog.jp/241238793/

徐福伝説は九州では、福岡県、佐賀県、長崎県、宮崎県、鹿児島県と、広範囲にあるようですが、熊本県と大分県にはないようですね。実はミントン(明東)徐福と隼人とは無関係ではないと考えていますが、ただ沖縄には家紋文化はないと聞いていますので、玉城にその家系があったとは! ミントンの王妃、鷹の羽紋の着物…とても興味深いお話ですね。
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