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南島の瀬織津姫〈27〉徐福と太陽祭祀

神アサギは、神が天から降りて宿るところ。
祭壇には香炉が並び、神人による祭祀が行われる。
沖縄本島北部に残る神アサギは有名で、南部では
玉城のミントングスクにその伝承があるという。

そこで先日、私は語り部に聞いた。
「ミントングスク以外で南部ではどこにありました?」
「仲村渠の根所(にーどぅくる)がそうでした」
語り部が言う。根所なら、私も知っている。
ミントングスクから徒歩3分ほど。仲村渠にある
児童館の近くにあり、参拝したことも何度かある。

 根所だが、語り部は最古の集落祭祀場だろうと言う。
地域伝承にもかかわらず、スサノオが出てくる不思議
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天応ガナシーことスサノオの伝承はさておき、
戦前の根所については、イラストを
『仲村渠祭祀資料 〜ミントン』(玉城字仲村渠、
1990年発行)にある「ニードゥクル復元図」で見た

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根所は神アサギ。では、その発祥はいつの時代か。
ぼんやり思いに浸っていると、語り部が続ける。
「あと1ヶ所、私が神アサギを視たのは…玉城の
東の御嶽(あがりのうたき)でした」
「霊視したんですね?」
「そうです」

ワタシ・ガ・ミタノハ…は、語り部が霊視体験を
語るときの表現なのだと、かねてから感じていた。
言い換えれば、ワタシ・ガ・ミセラレタノハ…か。

ともかく、神アサギが建っていたと語り部の視る
東の御嶽とは、『琉球国由来記』(1713年)
にも登場する「垣花の御嶽」の異名である。

東の御嶽のことは、かつてのブログ
 書いたが、時代を超えて謎に包まれている御嶽だ。

もしや、徐福の渡来に関係があるのかと調べると、
徐福の故郷・斉(紀元前1046〜221年)の国には、
陽主祭祀があったという。その太陽信仰の儀式は、
そのための祀堂(祭壇)において行われたという。


東の御嶽にあった神アサギも、その祭壇だった
可能性がある。なぜなら玉城城の丸く刳り抜かれた
一の郭から真下に見える東の御嶽は、夏至の日の出
と冬至の日の入りの中軸線に位置する。それゆえ、
夏至の朝日が一の郭に射すと伝承されてきたのだが。


東の御嶽(垣花の御嶽)は琉球ゴルフ倶楽部内に
ある。『CIAが封印した垣花の御嶽』に書いたが、
今次の戦争中はZエリアと呼ばれる機密地区だった
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by utoutou | 2025-11-27 15:12 | 最終章 | Trackback | Comments(0)
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