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南島の瀬織津姫〈30〉サイの神・サルタヒコ

先日、語り部は神なる存在から問われたらしい。
「サイの神とは何ぞや…?」と。
久々に唐突な話が出たと思いつつ、聞く。
「サイ…徐福のいた斉の国と関係があるわけで!?」
語り部は言った。
「はい、サイの神とは猿田彦神だと思います」
サイ=斉。それは分かるが、なぜ猿田彦なのか。

サイの神については、
そう言えば、以前ブログに書いたことがあった。
いままで忘れていたが、9年前のことだ。

奈良・大神神社に参って、「三輪山は大和の出雲
を書いた。三輪山への登山口に大神神社の摂社
・狭井神社が鎮座、山あいに狭井川が流れていた。
あのとき、語り部の口から「斉」の名が出た。

ブログでは、こんなふうに書いていた。

〜大神神社の摂社・狭井神社の北(三輪山の東部)
には、古来、出雲という名の地域があり、出雲
神族の神々・サイノカミ三神(クナト神・猿田彦大神
・幸姫命)が祀られていた。すると、語り部は言った。
「サイノカミや狭井神社のサイとは、斉国のことだ」

「古代出雲とは島根県の出雲だけを指すのではない。
その領土は、中国雲南省、タイ・ベトナムの国境
から朝鮮半島・日本列島を含む広大なものだったと。
それが斉国、言い換えれば「倭」であると」〜

あの翌年、長田神社(神戸市)を参拝した私は、
続編らしき「猿田彦が隠れている」を書いた。

〜「倭」をさらに言い換えると、「夷」である。
中華思想の視点から大陸の辺境に住む夷狄(いてき
、異民族)と蔑称で呼ばれた東夷、北夷、四戌、南蛮
と呼ばれた人々、その「夷」の国の頂点に立っていた
大王とは、猿田彦大神だった。

『日本書紀』に三輪山の事代主命について一書がある。
事代主命が八尋鰐となって、勢夜多々良五十鈴姫
に通った。その娘とは、神武天皇の妃になった
媛蹈鞴五十鈴媛だと。そして事代主神とは、後に
「えびすさん」と呼称が変化する猿田彦大神。
沖縄久高島では、
ニライ大主」と呼ばれた龍神。
大綿津見神でありアマミキヨである 〜

そして、いま語り部はこう言う。
「アマミキヨの徐福は、スサノオの御子だ」と。

そんなこんなの日曜日、日帰りで京都にいた。
足の向くまま気の向くまま伏見稲荷神社へ参拝。
稲荷神と徐福は、はたしてどんな関係があるのか?


よく晴れて暖かな師走の日、伏見稲荷大社に参拝
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午前9時45分の年末詣。幟を立てる作業中だった
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千本鳥居、稲荷山に向かうと右(東)から日が射す
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by utoutou | 2025-12-24 09:13 | 最終章 | Trackback | Comments(0)
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