琉球王府の正史『中山世鑑』(1650年)の中 で「稲作の発祥」を記したくだりはこうだった。 〜 アマミキヨが天に上がり、五穀の種子を 乞うて、麦・粟・黍・豆を久高島に蒔き、 稲は知念大川の後ろ、また受水走水に植えた〜 知念城跡から西へ約100mに位置する「知念大川 (ちねんうっかー)」の後背地には、現在も大川の 水源と、「ウファカル」と呼ばれてきた水田がある ![]() ミントン(明東)グスクの伝承では、ウファカルの稲 は徐福が運んできたという。つまり、この知念一帯が 琉球の稲作発祥の地として、受水走水と並び称される のは、徐福にゆかりがある土地からだと考えられる。 ※画像は、オキログさまサイトから拝借 ![]() 知念城跡に立つガイドマップ↓その西端に知念大川、 山道を登るとウファカルと知念按司の墓がある。 知念城は、この地を治めた知念按司代々の居城と 伝わる。墓前に立つと度肝を抜かされる大きさだ。 訪れたのは、確か8年前ぐらいの春だったと思う。 が、写真が見つからない。次回また訪れたい… ![]() 徐福と言えば、斎場御嶽の三庫理(さんぐーい) がある巨岩は、徐福の異名・明東天孫氏にちなみ、 「明東の御前(めぇ)」と呼ばれたと、語り部。 この戦前までミントン家が管理する御嶽だったと。 ちなみに、ミントングスクからの距離は直線で6㎞ ![]() 三角の空間で有名な洞門・三庫理に続く↓巨岩。 琉球王府時代には、雨乞い神事などが行われた ![]() 斎場御嶽について、語り部に訊ねたことがある。 「斎場御嶽の〝斎〟は斎(せい)の国ことですか?」 と。徐福がアマミキヨなら故国・斎の名を冠する 御嶽が、琉球での至高の聖地となるはずだ。 語り部は間髪入れずに言ったものだ。 「そうですよ。斎の国にとっては太陽の昇る東に 位置する、最高の聖地だったと思います」 にわかには信じられなかったが、私に聞いた。 「知念玉城の台地を徐福は目指して渡来したと?」 「はい、そうだと思います」 それなら、知念大川や受水走水を含む聖地を順拝 した琉球王府の神事・東廻り(あがりうまーい) に、ミントングスクが含まれたのは当然のことか。
by utoutou
| 2026-01-24 20:38
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