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南島の瀬織津姫〈完〉海に沈んだ龍宮

昨年9月、久高島・伊敷浜の朝日にふと思った。
この東の浜に流れ着いたという五穀の種の壺。
拾ったのは、久高島の祖と呼ばれるミントン家の
娘・ファガナシーと夫というが、その壺とは一体?
自問して出た答は、壺から窺える龍神信仰だった。

壺は甕(かめ)とも言う。古代人は甕からカガ
(龍蛇)のギラっと輝く眼を連想して星神に例えた。
日本書紀に見える天津甕星の別名は天香香背男。
星信仰を持たない日本書紀の編者は甕星を悪神と
したが、海神族の信仰がすたれることはなかった。
 五穀の壺は龍神からの恵みと考えられたのだろう。


朝日を見た後、西の浜へも行きたいなと思った…
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久高島の七川(ナナガー)が西の海へ注いでいる
のは島が傾いているからだが、その源は、1万年前
に起きた中城湾沈没に求めることができるようだ。


自転車で10分。禊ぎの泉・ヤグルガーに着いた。
石段下に泉が湧いていたが、いまは枯れている
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対岸の玉城知念と、この久高島で何度か聞いた
「川は海の中でつながっている」という伝説は、
この海に沈んだという陸地と山を、そして、
いまは海の底に在るらしい龍宮を幻視させる
南島の瀬織津姫〈完〉海に沈んだ龍宮_a0300530_14093166.jpg








ヤグルガーで合掌して、近くのフボー御嶽を思う。
いまも立ち入り禁止である至聖の御嶽。その名も
 フボー(蒲葵)。古来、クバは龍蛇に見立てられた。

フボー御嶽を抜けるとウガン浜という聖地に出る。
島人たちはそこで龍宮を秘祀したのかもしれない。

ところで、
語り部には、徐福に関する独特な私見がある。
「徐福は龍宮を継ぐために琉球に渡ってきた」と。

海に沈んだという、龍宮こと御先天孫氏王朝。
御先(うさち、紀元前)から17802年続いたと
『中山世鑑』が記す天孫氏王朝は、1万年前に
  壊滅状態となったが、徐福が後を継いだと語り部の
  言う明東(ミントン)天孫氏は、脈々と続いている。


 徐福に始まり、いま再び徐福伝承に戻ってきた 
「追跡アマミキヨ 」、これにて〈完〉とします。
語り部とブログ主が12年半の間、語り合い、
これは残したいと思った琉球をめぐる古伝が、
必要とする人に届きますようにと願います。

語り部が語ったあるイメージを思い出します。
二人の姫の姿を、久高島沖で度々霊視するのだと。
私はその情景に豊玉姫と玉依姫を重ね、大和神話
の原型を南島に見る思いでブログを繋ぎました。

 ブログへの訪問者は、約95万に達しました。
長きに渡り、お付き合いくださった皆さまに
感謝申し上げます。ありがとうございました。

時間を置き、次は御先天孫氏王朝へと遡ること
になりそうな予感。またお会いしましょう!


by utoutou | 2026-02-01 05:37 | 最終章 | Trackback | Comments(6)
Commented by at 2026-02-01 06:37
初めまして。
数年前にこちらのブログを知り、多くのことを学ばせていただきました。
まだまだ全て理解できていませんが、繰り返し学んでいきたいと思います。

12年半という長きにわたる研究をお教えくださり、ありがとうございました。
新たなテーマ 御先天孫氏王朝 楽しみにしております。

utoutouさん、語り部さんありがとうございました。
またお会いできる日を楽しみにしております。
Commented by utoutou at 2026-02-01 09:32
> 人さん
こんにちは。語り部さん曰く、「第2章のほうが面白くなる」とのことです(笑)。「第1章の終わり」にあたたかなコメントをくださり感謝いたします。ありがとうございました。
Commented by 呉屋 俊光 at 2026-02-01 11:49
12年半というながきにわたる期間お疲れ様でした。
続けることは忍耐と情熱を必要とします。そして体力もなければ出来ません。
どうぞお身体をいたわりつつ、これからも発信し続けて下さい。
琉球歴史の中で秘められてきた内容のひとつひとつが明かされて、
一大叙事詩として紡がれることを大いに期待します。
Commented by さいとう よしみ at 2026-02-01 21:05
失礼致します。12年。とても学びになりました。
今も学びになっております。
なんとも、せつない気持ちがございます🙇。
一つの時の流れでしょうか………。


香香背男。
阿蘇の塩井川で禊祓う事を『しおいかかせ』とも言うようです。
鹿嶋神宮御神体は白蛇を秘めた海中の大甕とする見解も思い起こしました(琉球神道記?。間違っておりましたら申し訳ありません)。
いろんな思いを惹き緖こす最期のブログですね。
なんとも、せつなくまとまりません。
乱文、お許し下さいませ。
もろもろ誠にありがとうございました。

追記
鹿嶋神宮一の鳥居からいささか離れた鹿嶋市青塚の皇神社御祭神は、天照大御神荒御魂です。
『かかせ』を水神祭祀巫女の関係と仮定すると関東水神祭祀にも別の景色が観えるような気が致します。
Commented by utoutou at 2026-02-02 07:38
> 呉屋 俊光さん
コメントをありがとうございます。沖縄に頻繁に通い始めてから、数えると20年になるようですが、天孫氏王朝17802年に比べるとただの点ですね(笑)。でも点にもならない人の気の積み重ねが嶽々のエネルギーを培ってきたのでしょうから、より深く掘りたい、時間を遡りたいと思ったりします。今後ともよろしくお願いいたします。
Commented by utoutou at 2026-02-02 07:52
> さいとう よしみさん
お言葉ありがとうございます。白蛇を秘めた海中の大甕…甕には神が宿るということですよね。白蛇の眼は赤ですしね。鹿島神宮へ出向いた時、常陸の海を見て、このあたりが黒潮の北限かと感じたことを覚えています。当時、ブログがこれほど長く続くとは考えもしませんでしたけど、語り部によれば、いまは「まだ序の口」らしいので精進したいと思います。笑
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