2018年 07月 14日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 179 為那都比古神社

語り部が電話で情報を送ってくれるとき、その脳裏
にはVR(バーチャルリアリティー)が展開している。
神託としてのメッセージは想念として届くと同時に、
彼の脳内で、三次元の世界に具体化されるのだ
ろうと、私はいつも勝手に想像している。

ともかく、西江寺(せいこうじ)を出ようとすると、
沖縄にいる語り部から一本の電話が来た。
「箕面川より東の方向に巨岩の御獄がありませんか?」

「知りません」とは、こういうときは決して言わない。
「ちょっとお待ちください。確認します」と。
正直、巨岩か巨石があるかどうかは知らなかった。

が、箕面を訪れたことのない語り部に比べれば、
いま箕面にいる私のほうが、僅かでも何かを知って
いると、思いたい(笑)。

「知らない」のに妙な理屈だと思いつつ、いったん
電話を切り、スマホで西江寺HPの周辺地図を開く。
(※ ↓ 掲載の地図はそのHPから拝借)


図星だった。地図の下部分、左の赤丸が西江寺で、
目線を東へと動かしていくと、「医王岩」という
巨岩が描かれているではないか。
(※赤丸はいずれも当方で加工しました)
a0300530_12193102.jpg





さっそく調べると高さ25mの巨岩=御嶽があった。
以下、文と写真は「ぷらっと 箕面さんぽ」から拝借。


【医王岩】
〜 白島の医王山から北へ300mほど上がったところ
にそびえる、高さ30mの3層に重なった巨岩です。地元
では、薬師寺岩とも呼ばれ、土地や生産を司る農耕神、
大己貴・少名彦の2神が生まれた地とも言われています。
人が立っている姿にも見え、頂きは人の頭に似て、その
不思議な姿は古代より信仰の対象とされています。〜
a0300530_12270539.png





医王岩の住所は、箕面市白島。西江寺から数㎞の東にある。
しかし、そのとき既に東京に戻る時間が迫っていた。

滝道を下りきり箕面駅ロータリーに着いたところで、
きょうはこれまで、と、恨めしげに地図を見上げた。
が、驚いたことに、なんと、
左の西江寺(赤丸)から東の方向に神社と寺もある。
(※赤丸はいずれも当方で加工しました)
a0300530_12491016.jpg





それは、為那都比古神社(いなつひこじんじゃ)。
何分か前に語り部と話した「いな」の付く神の社だ。
かつて栄え、箕面の地も含まれると言われる、
多田銀銅山のあった猪名川町(兵庫県)と同じ「いな」。
そこには猪名川が流れ、下流域で箕面川が合流する。

そして語り部が視たという、猪名部神社(三重県)も、
住所の員弁郡(いなべぐん)も、いずれも「いな」だ。

ここ箕面に祀られていた「いな」の付く為那都比古とは、
いったいどのような神なのか…。医王岩との関係は?
あるいはまた、物部氏との関係は? 

物部氏であれば、
そこに我々の推理による沖縄から北上したセーナナー
や、アマミキョ族がいた痕跡は、はたしてあるのか?

為那都比古神社に参る時間はなかったが、その
「いな」族は、やがてどの時空へ辿り着くのだろうか?



by utoutou | 2018-07-14 17:56 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)