六甲山と瀬織津姫 160 神泉苑の善女龍王

関西へ出張したので、神泉苑(京都府中央区)へ。
 千年の都・平安京、その最古の史跡。
桓武天皇が長岡京から平安京へ遷都(794年)した際、
造営されたという天皇のための広大な庭園(禁苑)。
縮小され、往時の十六分の一の広さになっているとか。

完成したのは800年頃、二条城・大内裏に南接。
太古からこの地にあったという大池(神泉)は、
法成就池(ほうじょうじゅいけ)と、朱の太鼓橋は
法成橋(ほうじょうばし)と、命名されている。

どちらも、空海が「祈雨の法力」を成就させて
三日三晩、雨を降らせ干魃を救ったという、天長元年
(824年)の有名な事績「天長の祈雨」に由来する。
東寺の空海vs.西寺の守敏の「法力争い」とも呼ばれる。

「天長の祈雨(雨乞い)」で空海が勧請したのは、
北天竺の北にある無熱池(むねつち、現在のチベットの
マナサロワール湖に比定される)いたという善女竜王。
(以下、栞より抜粋)
〜善女龍王は大師の懇志に感じて池中より大蛇の頭上
に金色八寸の御姿を現し、慈雲たちまちにして起こり、
甘雨の降ることはあたかも天瓢の水を注ぐが如く、
旱天(ひでり)の災はたちどころに解消したという 〜



女性ふたりが、法成橋をゆっくりと渡って来た。
願いごとを強く念じて、南(左)から橋を渡り、
そのまま善女竜王社(右)に詣ると願いが叶うという。
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善女龍王社は、法成就池に突き出るように鎮座。
ちなみに池の南にある本堂の御本尊は、聖観音菩薩。
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そう言えば、
「善女竜王とは龍宮乙姫ですね」と、語り部は言った。
室生寺の龍穴に住む善女龍王について話していたときに。

はたして異名同体の女神なのかと、そそくさと
ググってみると、まず、善女龍王とは清龍権現と出た。

空海が阿闍梨と出会った唐の長安・青龍寺の守護神で、
空海の帰国に伴い来臨してから、「清瀧」権現となった。
飛来してからは水神信仰と習合して、空海の祈雨修法
における祭神となったという伝承もあるようだ。


清瀧権現は、私の住む東京八王子の高尾山にも祀られる
婆加羅龍王(海神)の三女という。高尾山では「青龍」
権現と書くが、まさに善女龍王は海神の娘・龍宮乙姫。
高尾山ロープウェイ駅名・清滝の由来は「清瀧」らしい。
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善女龍王=清瀧権現=龍宮乙女。
さらに、清瀧権現の化身は如意輪観音というから、
女神の系譜の混沌とした正統を見る思いがする。

↓恵方社に祀られる歳徳神(としとくじん)もまた
調べると、婆加羅龍王の第三王女、つまり善女龍王。
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では、
善女龍王と弁財天の関係はと↓弁天社の前で栞を開く。
「元はインドの大河の神・サラスバティ」とあった。

いっぽう、清瀧権現は市杵島姫であるという説もある。
それならば、善女龍王=清瀧権現=龍宮乙女=
 如意輪観音=歳徳神=弁財天=市杵島姫(瀬織津姫)。
記紀の成立と天照大神の誕生から百年を経て、
抹消された瀬織津姫はかくも隠され多神化していた。
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空海の「天長の祈雨」には、ひとつの逸話が潜む。
善女龍王は、龍の頭に乗って池から現れただけでなく、
持てる龍王の宝珠を空海に授けたのだという。
(空海による『御遺告』の注釈書、『御遺告釈疑抄』)

なぜ宝珠のくだりは秘せられたのか。
善女龍王(龍宮乙姫)の宝珠を空海が得た824年、
龍宮から浦島太郎が帰還したと『元享釈書』等は記す。

遡って、浦島太郎が龍宮へ行った雄略22(478)年、
丹後の豊受大神は伊勢外宮に遷座したというが、
海部の伝承において、豊受大神=天御中主神である。

いっぽう、空海が唐から持ち帰った北辰信仰において、
北辰=龍神=北極星=天御中主神。善女龍王が空海に
 授けた宝珠は、海神族の魂の甦りを意味していた。
時勢がそれを許さなかったのだろうと思う。

# by utoutou | 2018-02-18 09:58 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)