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六甲山と瀬織津姫 189 豊受大神は「月の神」

語り部の指摘はいつも唐突だが、今回もまた…。
「豊受大神が祀られている丹後の比沼麻奈為神社
(ひぬまないじんじゃ、京丹後市)のすぐ近くに、
半月のかたちをした田んぼがありませんか?」と。

敏馬神社に祀られる弥都波能売神(みずはのめ)
は、美奴売山(現・三草山)に坐す女神だったと
いった話をしていたときのことだった。

「はぁ、比沼麻奈為神社、半月型の田んぼですか…。
その田んぼが弥都波能売神と関係があるんですね」
「そうだと思います」

神宮皇后によって美奴売山から敏馬神社に勧請
された弥都波能売神と、丹後の豊受大神。二神を
 結ぶヒントが、「月の輪田」ということらしい。

そう言えば、『摂津国風土記』逸文はこう記す。
〜豊宇可(トヨウカ)及売神、常に稲倉山に居まし、
山を以って膳厨(みくりや)となす。
後、事故ありて居ることあたわず、丹後国
比犀乃真奈韋(ひじのまない)に移り行きき」〜


豊宇可及売神(=豊受姫)は、何かしらの
理由があって、丹後に追放された…とも読める。
そして移った先で、月の輪田の守り神になったと。

というところで、「月の輪田」について調べると、
語り部の指摘は、まったく図星だったと分かった。


京丹後市峰山町の保存会が「月の輪田と清水戸」
というサイトを開設していた。昭和41年に撮影
された月の輪田の写真(拝借)を見ても、確かに道路
沿いにある田んぼは、鮮やかな三日月なのだった。
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田んぼの傍にある石碑の銘文は、次のように記す。
〜月の輪田は三日月田とも云い、大昔、豊受大神が
苗代の清水戸に浸した籾をここに蒔き、とれた稲種
を大神に奉ったという遺跡である。〜


このことを早速、語り部に伝えた。
「比沼麻奈為神社の近くに半月形の田んぼが、
確かにありました。月の輪田ともいうらしいです」
「やはり、豊受大神(豊受姫)は月の神でしたか」
「豊受姫を祀った民が、それを暗示して命名したと…?」
「はい、逆に言えば、月の神という神名を奪われた」
「そのため、水の神という神名だけが残ったと…?」
よって、三草山に坐す女神は弥都波能売神だった。


語り部は静かに言った。
「もともと月の神は、地球に降臨して水の神になった。
月の輪田に籾種を浸して発芽を早めたのは、月の力。
月の力は、水を媒介として豊穣をもたらすものです。
お酒もしかりで、月の力で発酵は促進されますね。
だから、豊受大神は御食津神・保食神とも呼ばれた」

次第に、語り部の託宣の意味が理解できてくる。
おそらく、神宮皇后が敏馬神社に祀った水の神は、
実は豊受大神という名の月の女神でもあったか。

また豊受姫は天女であり、かぐや姫に例えられた。
そして、この国の先住民が崇めた縄文の女神だった。
縄文の民が月信仰だった話は、こちらにも書いた。


月の神を祀る民がいたらしい三草山へ。
たまたま大阪に滞在していた先週末に行ってみた。
「大阪のてっぺん」と呼ばれる豊能郡豊能町は、
見渡す限りの美しい水田地帯だった。
能勢電鉄山下駅から1時間に1歩本のバスで20分、
そこから、農道をひとり白鷺?を眺めつつ徒歩30分。
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ようやく、三草山が見えてきた。ぐるりと
稜線が流れる田園風景のなか、一際目立つ丸い山。
六甲の甲山にその姿が似ている。大和の三輪山にも?
龍蛇神を崇める縄文の民は、とぐろを巻いた形のような
様子の山を龍蛇神の神奈備山としたというが、思えば、
縄文人にとって、月と蛇は再生のシンボルだった。
では、先住民の月神を追放したのは誰だったのか…。
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by utoutou | 2018-09-29 07:27 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(4)

六甲山と瀬織津姫 188 美奴売(みぬめ)の神

九頭龍弁財天とも思われる美奴売(みぬめ)の神
 は敏馬(みぬめ)神社(神戸市灘区)に祀られている。
亦の名は、弥都波能売神(みずはのめのかみ)。

江戸前期に、素戔嗚尊、天照皇大神、熊野座大神を
「敏馬三座」と記す文書がある。主祭神は交代した。
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阪神線の岩屋駅近く。国道2号線沿いの小丘に鎮座。
古代は敏馬浦と呼ばれ、砂州が造った良港だったという。
神功皇后伝承を持ち、式内社であるのはそのためだ。


敏馬神社略記も、『風土記』のくだりを記す(要約)。
☆美奴売(みぬめ)とは神の名であり、神功皇后の
新羅への出兵に際し、神前松原(阪急神崎川近く)
で戦勝を祈願したときに祀られたが、その神は、
「我が山の杉の木で船を造れば、勝利する」と宣った。
☆皇后が帰還した際、船が動かなくなったので
占うと、「神の御心なり」と出たので、美奴売の神
を祀り、船も献上した。神功皇后摂政元年の創建。 
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境内の摂社・水神社に祀られているのが、
美奴売の神こと弥都波能売神(みずはのめのかみ)。
右手の案内板には、次のように記されている。
〜水神社 御祭神 弥都波能売神
水を司る神で、神社創建時の主祭神と伝承される。
御祭神名より「みぬめ」の名が誕生した 〜
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その右手(海側)には、神功皇后を祀る摂社。
創建時の主祭神と創祀した皇后が並祀されている。
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水神社の後ろに隠れる小宮にイザナギとイザナミが
祀られているが、これまで迂闊にも気づかなかった。
確かに、案内板には「奥の宮」と表記があった。
記紀神話では、
ミズハノメは、イザナギとイザナミから生まれた。

謎めいた祭祀空間だが、神社由緒には、水神とは
「能勢の美奴売山(現在の三草山)の神」とだけ
記されていることが、何やら想像をかきたてる。
三草山は猪名川の源流域にあたるため、イナ…稲…
つまり、稲作と浅からぬ関係にある女神ではないかと。



三草山は、兵庫県猪名川町と、大阪府豊能郡能勢町
との境界に広がる(標高564m)。そう高くない。
↓地図に書き入れた赤丸・右上が三草山、左下が
  敏馬神社の位置。直線距離でも約40㎞離れている。 
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さて、美奴売の神の来歴について思いを巡らせ、
三草山周辺にその手がかりを求めてググっていたとき
その山の北側に鎮座する、ある神社の存在を知った。
岐尼(きね)神社(豊能郡能勢町森上)という。
※地図は能勢電鉄HPより拝借。赤丸は加工。
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岐尼神社。創建は延暦元年(782年)という式内社。
祭神の枳根命(きねのみこと)は、紀氏・大名草命
の末裔で、武内宿禰にも繋がる系譜の巫女だという。
岐尼、枳根…もしや、「きね」とは「杵」と同義なのか?
杵を持って餅をつく「月の兎」を思い起こさせた。

それにしても、巫女を祭神として祀る神社とは。
逆に、巫女の祀る神の大きさが偲ばれるのである。

そう言えば、
『摂津国風土記』逸文に次のようなくだりがある。
〜豊受大神が丹波国に遷座するまでは、摂津国
の稲倉山(場所不明)にいた 〜と。

まさか、美奴売の神とは豊受大神のことなのか…?
地名が豊能郡、「豊」の一致も気になるところだ。

そんな妄想を見透かすように、語り部から電話が。
「豊受大神が祀られる丹後の比沼麻奈為神社
(ひじまないじんじゃ、京丹後市)のすぐ近くに、
半月のかたちをした田んぼがありませんか?」

半月形の田んぼ…。
そこには、とんでもないメッセージが含まれていた。






by utoutou | 2018-09-22 08:36 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)

六甲山と瀬織津姫 187 九頭龍弁財天を追う旅

九頭龍大神(弁財天)はその名に一字ある通り龍神。
山中に祀られているのは、ここが海人族の住処
だったことを物語る…と、先週末に長野県阿智村の
阿智神社へ参ったときに改めて感じたものだった。

同じ村内に、阿智神社の前宮と奥宮がある。
いずれも戸隠神社(長野県戸隠)の元宮と伝わる。

新宿から高速バスで4時間弱。私は中央道日野を
午前に発ち、阿智村に最寄りのバス停に13時に着いた。
旅館に荷物を預けタクシーで阿智神社奥宮へ。
14時着。奥宮の境内を(雨ニモメゲズ)散策する。

2泊3日の旅、阿智村から北上して伊那谷を歩く。
イナは為那都比古のイナ、猪名川のイナであり、
新羅からの渡来人・猪名部一族のイナでもある。

イナ族は摂津から伊勢・三河、また近江・美濃から
伊那谷へ。地名に点々と痕跡を残しつつ龍脈を辿った。

最終的に戸隠(長野県戸隠、過去ログはこちら)へ。
一族が祀ったのは九頭龍大神(弁財天)だったかと。
その女神は大和王権の成立と並行して幽閉され、
天照大神が降臨するという天岩戸神話が作られた…。


阿智神社奥宮。祭神は天八意思兼命、天表春命。
向かって左が本殿、右の小丘の上に磐座がある。
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村内に昼神温泉と、阿智神社の前宮と奥宮がある。
旅館やタクシーで、「奥宮ですか??」と言われたが、
地図には載っている。中央上に前宮、左上に奥宮。
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地図を頼りに、温泉街からタクシーで10分ほど、
道路沿いの鳥居近くに古さびた社号碑があった。
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こちらは歌碑のようだ。
「篝薪神楽(かがりびしんがく) 吾道(あち)太神宮」
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読み下し文の説明も、並んで表示されている。
それに向かい、勝手流な解釈なのだけれども、
これで伊那路の旅の目的の半分は果たされたと思う。

八意野(やごころの)吾道大社太神宮…吾道とは阿智。
日霊之火能神(ひるめのほのかみ)…とは、弁財天?
八束之金龍(やつかのわだつみ)…とは、九頭龍?
海人族の神祀りを、そう如実に感じさせる神楽歌だ。
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伊那路への旅についてはまた後日ゆっくり書こうと思う
が、話はいったん六甲山に戻って…。九頭龍弁財天
=瀬織津姫=弥都波能売神(みずはのめのかみ)は、
敏馬(みぬめ)神社(神戸市灘区)の水神社に鎮座。

〜敏馬神社創建時の主祭神〜と説明板に記されている。
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敏馬神社は三韓から凱旋した神宮皇后の創祀という。
皇后が祀った水神は、猪名川の上流に祀られていた。
敏馬の社名ともなった「美奴売(みぬめ)の神」だ。

その神名は『摂津国風土記』に見える。以下要約。
☆神宮皇后は新羅出兵にあたり神前松原(現尼崎市)
で勝利祈願をした際、能勢の美奴売山の神を祀った。
☆帰還した船は、この敏馬の浦で動かなくなった。
☆占うと、美奴売の女神を祀れとの神託があった。

「能勢の美奴売山」とは、猪名川上流の三草山のこと。
戸隠神社のある猪名川町から12㎞ほど北に位置する。
神功の三韓遠征は4世紀後半の事績と考えているが、
当時、イナ国の中心は三草山周辺に移っていたようだ。

























by utoutou | 2018-09-22 08:35 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(3)

六甲山と瀬織津姫 186 猪名川の九頭龍弁財天

戸隠神社(兵庫県川辺郡猪名川町)へ行こうとして、
というより、猪名川の上流へと遡ろうとして、
阪急能勢駅まで行き、しかし時間が足りないことに
気づいた日、それならと、徒歩5分の能勢電鉄駅から
北極星信仰の聖地・能勢妙見宮へと行き先を変えたが、
⇩着いた妙見口駅で、 今度は妙見山へのロープウェーが、
豪雨で土砂崩れしたため不通と知った。


すべて空振りで、この日の前半を棒に振ったが、
大阪府の最北端駅だという妙見口駅まで行った
ことが、実はちょっとした気づきに繋がった。
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車窓から⇩妙見山に連なる山脈。右(南)は箕面方向。
戸隠神社の鎮座する(兵庫県)川辺郡と、能勢妙見の
ある(大阪府)豊能郡能勢町とは地続きに隣接している。
その北摂の最北の深い山々を超えると、もう丹波。
猪名川の源流でこそ、為那国の神祀りはあったと思う。
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いつか語り部が言ったことがあった。
「為那国は、現在の箕面市の狭い範囲には治らない。
おそらく、チヌの海(大阪湾)を囲み、六甲山周辺
や丹波・丹後・播磨、河内・大和も含んだと思います。
さらにその南の葛城の国も、範囲に入っていたかと。
小さい国々の連合体といったかたちだったのでしょうが」

「葛、あの名産品を作った人々のいた葛城の国栖も…?」
語り部は言った。
「国栖、九頭、国主(くず)とは先住の海人民の集落。
その国々を、弥生中期のBC1世紀ごろに束ねたのが
為那都比古かと。その名は代々継がれたようです」

語り部が為那都比古に龍神・九頭龍大神のイメージ
を視るのは、そんな時代背景をダブらせているからか。
私は聞いた。
「ところで、国栖は吉野の近くですよね。
なら、奥吉野と呼ばれた天川も為那国のうち?」
「そうだと思います」

3年半前を振り返る。
「九頭龍大神①南朝を守護した天川弁財天」を書いたが、
いまは、その前段の歴史時間を辿っているらしい。

 「為那国にも弁財天(瀬織津姫)はいたのですよね」
聞くと、語り部は言った。
 「龍神・九頭龍大神というより、オオヒルメ…
日と火と霊(ひ)の神のことですね」
「なるほど、撞賢木厳之御霊天疎向津姫
(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめ)…」



戸隠神社(猪名川町)は、明治時代に入るまで、
少し離れた山中に九頭龍大神を祀っていたという。
極彩色の本殿は室町時代の造営。国の重要文化材。

ちょうど同じ時期、箕面に住む友人のMさんが
その戸隠神社へ行ってきたと写メを送ってくれた。
本殿には、頭に如意宝珠を戴く龍が描かれている。
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まさに九頭龍大神=九頭龍弁財天と感じられる。
その九頭龍大神について書いたシリーズは↓こちら。

九頭龍大神②弁財天は復活した
九頭龍大神③岩戸に隠れた女神
九頭龍大神④鎌卍の社紋は語る
九頭龍大神⑤弁財天と如意宝珠

九頭龍弁財天は、信州の戸隠へと龍脈を辿ったのか…。









by utoutou | 2018-09-09 16:17 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(2)