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縄文アマミキヨ〈8〉ニライカナイ

ニライカナイを、「海の向こうの理想郷」と
いう意味だと捉えるのが一般的だと思っていたが、
「遠くはるかな」「根になるところ」の意味もある。
 それは遠くはるかな古に生きた祖神の眠るところ…。

琉球民族発祥の地であり、アマミキヨの住居跡と
されるミントングスク(南城市仲村渠)にある
ニライカナイのお通し(遥拝所)がそれを物語る。


石段を登って御嶽に足を踏み入れると、正面奥に
火の神の拝所があるが、ニライカナイのお通しは
その左手(南南西)の崖上の際(きわ)に位置する
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大正15年にミントングスクを調査した鎌倉芳太郎氏
の記録にも、「ニライ、カナイ」ノオトーシとある。
現在のご当主の祖父・知念いろう氏が語ったという
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ニライカナイのお通し。
祖神の眠る聖地への拝所とは伝わるが、その聖地は
どこかというと、いまや門中の人にも分からない
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ニライカナイのお通しは、どこを向いているか?
について語り部から聞いたのは、先日の旅の最中だ。
聞いたというより、確認したというほうが当たりか。

東の御嶽に参った後、那覇に行き語り部に会うと、
御嶽のお威部(おイベ)はどこかという話になった。

語り部は言う。
「ミルクの墓はもちろん大事だけれども、いちばん
 肝心なのは、もうお参りする人もない古いお墓です」
いま言われても、後の祭り(笑)…と言おうと
したが、違う質問が、思わず私の口を突いて出た。

「ミントングスクのニライカナイは、東の御嶽?」
「はい、そうです」
と、語り部は事もなげに言った。
私にとって、長年の謎が解けたのは言うまでもない。
「うさち・ようどれ」という異称にも、合点がいく。
 そして新たな疑問も沸々と沸いてくるのもまた事実。

琉球の祖神と伝承されてきたアマミキヨに、さらに
祖神がいたというのは、いったいどういうことか?
アマミキヨの先祖は果たしてアマミキヨなのか?
そして、そもそもなぜ、東の御嶽だったのか?
謎が解ける日は、果たして来るのだろうか?









# by utoutou | 2026-07-06 20:20 | 第二章 | Trackback | Comments(0)